海外教育

大学生になったオバサンのため息! 嵐のあとはひたすら勉強        その1

 

7月があっというまに過ぎてしまった。日中最高気温が数十年ぶりに最低を記録する日があったり、シドニーってこんなに寒かったかしら?と思わせる日々がつづいた。

 

 

 

シドニー空模様ではないが、サイクローンとまで呼べないちいさな嵐が我がやを吹き巡った月でもあった。 8月に入りいつものシドニーの青空(完璧に美しい冬)が戻るとともに、わたしも自分なりの時間を取り戻しつつ、やっとペンを取りこのブログにもどってきた感である。

 

 

 

この嵐とは、「日本へ行くからそれまでになんとか日本語を勉強したい!」というグループに日本語強化訓練をしたこと、それと自分が突然学生に戻り、今学期からカレッジで翻訳コースを取りはじめたのである。

 

 

 

数年前に同じカレッジで通訳コースを取り免許を取得した。 その時は、夜間に翻訳クラスも取っており、合間に仕事と子育て、家事全般というハリケーンを体験した。 半年間、鼠が籠のなかの玩具をクルクルまわるように全力疾走をして心身ともに憔悴した挙句、試験の日は胃痙攣をおこしたくらいだ。

 

それでも今ふりかえると、苦しかったけど充実していて楽しい思い出である。

 

その時いっしょに勉強した同級生の一人は生涯の友になった。

 

 

 

日本でも大人やシニアの大学クラスや市民講座などがきっと増えていると思われるが、ここオーストラリアも同様、歳に関係なく勉強できる環境がしっかり整っている。

 

 

 

この初心者向け翻訳コースは、オーストラリアでは始めての試みであり、カレッジの語学コーディネーターは力を入れている。 中国語と日本語とあり、日本語の先生陣は、修士号を数年前に取得したばかりの若い日本人とオーストラリア人である。 彼女等は一生懸命情熱を持って教えてくださる。 生徒は7人と小規模クラスで、年齢層は日本からの学生20代から地元で退職された方まで様々である。

 

 

 

机に座って勉強をするのは数年ぶり、初日は頭脳が‘もうこれ以上作動しません!’というくらいギュウギュウに翻訳をつづけ、いったいどうなるものか?と不安であった。

 

それでも3週目に入る頃から、きついけどなんとか脳が軌道開始したようである。

 

もちろん、いままでの自分の英語はいったい何だったの?という落胆も大きかったが、落ち込んでいる時間はない。この勉強時間を与えられた環境にただただ感謝の日々である。

 

 

 

週末必死に宿題をやっている私を横目に娘が、

 

「マムもこれでやっと私の気持ちがわかるでしょ?」とニタニタしていた。

 

お母さんが一生懸命にやっている姿というのは、子供にとって嬉しいようだ。

 

8月は南からの強風が吹き荒れるシドニーであるが、我が家には柔らかな風が流れてもらいたいものだ。

 

 

 

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凶暴な親たちに不法侵入届け さらなるは学校立ち入り禁止令が?! in Vicotira State

子供の教育に関して、うるさい親はきっとどこの国にもいるであろうが、今朝のこのニュースで、ここまでひどい親がいるという事実には驚いてしまった。 いまの所、娘の学校ではこんな親たちには遭遇していないのが幸いである。

‘ヴィクトリア州の多くの小学校と高校は、校長先生への攻撃、しつこく生徒を追及、教師への嫌がらせなどをする両親が増えてきている。 公立だけでなく私立やカソリック系の学校を含み、このような親たちにすでに学校への立ち入り禁止令が出された。

ある母親は、元学生を使ってドラッグ、お酒やタバコを学校で売る。

ある父親は、1mの木製定規を折り、その先で校長先生の首を刺す振りをして脅す。

ある母親は、自分の娘と遊んでくれなかった7歳の生徒に肉体的、また言葉で虐待。

ある親は、息子が失くしたアイ・ポッドを誰が盗んだのか?と異常に怒り、他の生徒を泥棒呼ばわりして、みんなのポケットを空にしてみせるように教室へ乱入した。

こういった行為は先生のみならず生徒にとってもトラウマとなっている。‘

NSW州の学校では、学校を特別な場としての認識が高く、また適切な振る舞いのガイドラインがある。 こういった行動規範を作り校長への支援が必要。’

ここまで過激になるなんて信じられない親がいる。 

一概には言えないが、学校内で暴れいじめを繰り返す生徒が多いのは、こんな親たちに育てられているからではないだろうか。 家庭では親は子供に、また社会では大人は子供に模範をみせなければいけないはずなのに、何かが狂っている。

大人が精神を平静に保ち、公正に物事を判断する当然のことができなくなれば犯罪が増える。 また学校という教育の神域のような場所へ、それを持ち込むのは大きな間違いである。

生徒のBehaviour (態度、挙動、言動)を教えることは大切だが、それ以前に親がそれを学ばなければいけない。 子供は親をみて育つ!それを頭に叩き込まないといけない。 

情報源: Heraldsun.com.au

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愛を買った日本人留学生の顛末!    海外留学生事情 その2 in California

ちょっと大袈裟な見出しになってしまったが海外歴が長いといろんなタイプの日本人と遭遇する。同国からきた仲間のような感覚で、困っている日本人にあうと、ほってはおけず、つい相談にのる。これはある一人の女性留学生の話しである。

何年か前、カリフォルニアにいたとき、ある年上の日本人女性とクラスで同じになった。どこか物静かで学校ではあまり話したこともなく、きっと駐在員の奥様が勉強しにきているのだろう、と思う程度であった。

なんとなく連絡先を交換して数週間した頃、彼女から泣いて電話がかかってきた。尋常ではなかったから、良かったら家に来て話してみる?と聞いたところ、彼女は数分で我が家にやってきた。事情を聞くと、つきあって同棲していた彼に新しく彼女ができ、関係がこじれて別れることになった。どうやら暴力も受けていた上に多額のお金を貸していたようだ。彼女はその怒り悔しさ、そして何よりもそのお金が心配であった。

日本である大手企業に勤めていた彼女は、やり手のセールスレディであった。セールスの仕事に明け暮れ、高級新車を乗りまわし、マンションも自分で購入した後、40代になった時にこのままでは?と一念発起してアメリカに留学することを決めたのだ。日本の社会でただひたすら働き続けてきた彼女にとって、初めて訪れたカリフォルニアはきっと天国であったであろう。社会の重圧もなく、年齢を忘れさせてくれる。みるもの聞くものすべてが楽しく、第二の人生を謳歌していた矢先にその彼と出会った。話の感じから予想すると、20歳くらい年下の男性から甘い声をかけられ、付きあい始めいっしょに暮らし、お金を使い果たしたようである。

しかし話をよくよくきいているとすべてが彼女本位であることにきがつく。

「私は本気で愛していた。だから彼に尽くしてきたのに、それを裏切られた。」

40代の女性が20代の若い男性と付き合う。その関係がよほどソウルメイトか特別なものでない限り、騙されていたり、お金狙いという方向に考えられなかったのか?暴力を受けてまで、どうしてそんな男性といっしょにいたのか。彼女にしてみれば映画スターのような若い彼と幸せな時間は大いにあったのだから、その代償を払ったと思えばいいのにと思えた。悲しいけど、愛の幻想をお金で買っただけなのである。

話を聞いていても単なる彼女の愚痴で終わり、私からの助言もなにもなかったので、その場は彼女を落ち着かせて、もうそんな彼のことは一日も早く忘れて、学業なり、ここに来ている目的に専念したら?というのが、私の答えであった。その後数回会ったが、私は同じ答えを彼女に繰り返すだけであった。

ところが数週間後に‘警察に捕まった’と彼女から連絡があった。彼女が彼の居場所を突き止め、押し入り喧嘩を始め、大暴れをして警察が呼ばれて捕まったのだ。

もうこの時は言葉もない。数千ドルのお金!そして彼女の意地と屈辱が逮捕に至ったのだ。ここまでくると哀れなものだ。墓穴を掘っているだけなのだから。

その後、友達の弁護士を紹介してあげ、全額は無理であったがいくらかのお金を返してもらったようだ。

日本で仕事一筋に生き、裕福な暮らしをしてきた彼女であるが、それが彼女の人生にとっての幸福ではなかった。一時でも素敵な恋愛をしてカリフォルニアの生活を満喫した。残念ながらそれが泡粒のように消えてしまったが、もっと違った生き方や男性を選んでいたら素敵な家庭が築けていたのかもしれない。

日本人女性はNoとはっきり言えない、また日本男性とは違ったアメリカ男性の女性の扱いを誤解して取りがちである。もちろん言葉の壁と育った環境の違いはとても大きい。レイプされたり事件に巻き込まれなかっただけでも、彼女のケースは幸いであったが、きっと彼女はそういう風に考えてはいなかったであろう。あくまでも彼女は自分が被害者なのだ。

留学して海外を体験、見聞する。そんな素晴らしい機会に恵まれたのだから、留学生はそれを良い方向へと導いて欲しいと願うばかりであった。

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彼女が輝いた夜!  日本人学生事情 1 ‘When in sydney (Do as the Sydneysiders do)!

Sydneyには様々な日本人が住んでいる。ヴィザで区別すると、オーストラリア国籍を所持している人と結婚している国際結婚組、ビジネス・ヴィザ組、仕事や就学により永住権のポイントを獲得して永住権を取得した組、ワーキング・ホリデーで着ている若者(30歳以下)、学生ビザで勉強に専念している学生組となる。

私の住んでいる郊外はオージーのミドルクラス、子持ち若い夫婦共働きなどが多い地区なので、日本人とあうことは少いが、娘の学校やお稽古事の関係で日本人と出逢うこともある。それなりに海外経験が長いおかげで、私流海外サバイバル方を培ってきており、若い学生や国際結婚組の悩み相談などを受けることも多々ある。

昨夜はそんな一人のある飛躍をみて心が晴れ晴れしくなった。

1年ほど前に、娘のコンサート会場で彼女と出会った。学生ビザでここに滞在していた彼女は大学内での人間関係、レント(借家)の揉め事、ボーイフレンドとの諍い、とにかくあらゆる問題を山ほどしょっていた。心身ともに病気になり、学校も休学する始末。

困っている人をみるとほっておけない性格、またなんとか彼女を正しい軌道に導いてあげたいと感じた。体験上、いろんなアドバイスをしてあげても、それを聞かない人もたくさんいた。そういうタイプにはある程度接して、本人が変る気がなければ、それ以上は何も言わないことにしている。彼女の場合は、本人が現状況を変えなければいけないことをわかりきっていた。そうなると、いかにわたしのアドバイスを理解して、それを受け入れ、彼女自身が変ることであった。これが難しいのだが!

彼女の問題点の一つとして、やはり英語の理解力とオーストラリア文化を知らない、ということが大きいように感じた。英語を‘会話程度話せると‘英語を理解している’というのには違いがある。また‘郷に入っては郷に従え’ ’When in Roma(Do as the Romans do)’を肝に銘じる必要がある。なにもオージーの真似をしろと言っているのではない。この国に住み勉強をするのを決めてきた以上は、それを貫かねばいけない。よく外国にいる日本人から聞く言葉で、「これが日本だったらこうはしないよね。」というもの。日本ではこうだったから、ああだったからは一切通用しないのだ。大学側の対処が悪い遅い、教授が理不尽なことを言ってこようが、この国の大学を選んで勉強しているわけだから、それに不満や不平を並べ反抗するのは無駄な抵抗なのである。          

彼女に叱咤激励を繰り返し、そして昨夜はその学生によるコンサート(音楽大学)があった。指揮者がリハーサルを土壇場でキャンセルしたり、構内のピアノを思うように使用させてもらえないなどいろいろあったが、これを嫌がらせとかいじめ的に解釈していた彼女を何度も説得しつづけた。

‘山ほど試練を与えられて、あなたは素晴らしい環境にいるのよ!今夜は大和魂をみせてやりなさい!’

そして彼女は輝くようにピアノを弾いた。最後に意地悪な(彼女いわく)指揮者は、彼女に立つように示し、拍手を送り、聴衆からも喝采を浴びた。コンサート後、作曲者が近い将来、彼女のためにピアノソロを作ってくれると約束してくれた。

小さな一歩であったが彼女の勝利であった。そしてこれが彼女の人生の進路を大きく変えていくことを願う。

コンサート会場を出ると、春一番?嵐のような強風であった。澄み切った空気、ハーバーブリッジとオペラハウスの美しい夜景を横目に、私と彼女は将来のコンサート計画話しに興奮気味で寒さも忘れ歩きつづけたのだ。

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クカバラ・ソングの歌詞変更!? 非難を浴びる学校?!in Melbourne

オーストラリアの子供なら誰でも学校で歌っている75年の歴史あるクカバラ(笑いカワセミ)の歌がある。メルボルンのある小学校で歌詞の一部に問題があるとして、校長先生がそれを変更した。その話を今朝のニュースで取り上げていた。

Kookaburra sits on the old gum tree,

Merry merry king of the bush is he.

Laugh, Kookaburra, laugh, kookaburra,

Gay your life must be!

これが歌詞である。校長先生は(音楽の先生でもある)最後のGayという単語をFunという単語に変えることにした。

校長先生は

「これを変えたとき、こんなに反響や非難を浴びることは予想していなかった。ただ現在の社会におけるゲイという単語から子供同士が歌うたびに笑ったり、からかったり、いじめにまでいたる。それなら同じ意味の単語のファンにしよう!と決めただけである。」

ゲイ・レズビアン(同性愛者)団体、曲の著作権所持者、報道陣から殺到している非難に校長先生は困惑していた。

Gay(ゲイ)という単語の意味は快活な陽気な楽しげなという意味がある。

日本の辞書には‘同性愛’(形容詞)、’同性愛者‘(名詞)、そして古めかしい表現として’陽気な、快活な‘とあった。

きっと今の子供はゲイと聞けば同性愛者の意味しかしらないのであろう。

ニュースでは‘今後、同性愛を冗談やからかいにせず、それをしっかりと教育していくのが一つの対処方ではないのか?’と助言していた。

校長先生が朝の番組のキャスターといっしょにクカバラ・ソングを最後に歌わされていたが、なんとも滑稽で哀れであった。きっと校長先生はこんなに事態が大きくなるとは予想していなかったし、うちの学校だけこの歌を歌うときにこうしよう!という安易な発想であったのではないのか。確かに安易過ぎたかもしれないが!

1週間前は、ある高校で化学の先生が‘自分がテロリストと仮定して、どの化学薬品をどう使用したら一度に多くの無実のオーストラリア人の命を失うことができるか’という宿題をだした。その高校の校長先生はその内容を聞き、すぐ宿題を取りやめにしたが大きな波紋を呼ぶことになった。

2002年、バリで起きたテロリスト爆破事件では88人のオーストラリア人の命が失われている。遺族や生存者はそんな宿題を出す学校に怒りをあらわしていた。

ある新聞では、学校側の言い分として‘普段は頭脳明晰で優秀な先生であるけど、間違いをおかしただけだ。’というのを読み、首をひねってしまった。宿題の内容は‘攻撃のベストタイムや攻撃に値する被害者の選択方の説明、攻撃がどのように人体に影響するか’こんな課題をだすという先生の精神の異常をわたしは懸念してしまう。それに子供の心理を考えるとあまりにも残虐である。まちがいではすまないことではないのか?

いろんな先生がいる。もっともっと平和に正しい教育方向へと子供を導いてもらいたいものだ。

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オーストラリア(NSW州)における教育の利点と将来への心配 その1

この内容はすべて自分の子育て体験からよるものであり、NSW州在住からの視点であり他州の事情は異なる場合がある。また公立に焦点を当てており、私立、キリスト系、ユダヤ系など宗教系の学校事情はあまり知らないのでその点はご了承していただきたい。

公立学校制度、小学校はKindy5歳(Kindergarten日本の幼稚園の年長)から始まりYear6(6年生)で終わる。一般に小学校では基本的な学科、芸術、音楽、劇、討論、社会問題、体育。またグループの協調性と共に個人を主張することを学ぶ。この国に来て最初に感じたのは子供が子供らしい。目がキラキラと輝き自由奔放である。先生は躾はするが厳しく叱ることはない。褒める教育をモットーとし、たとえば空の色を真っ赤に描いた子供がいても決して否定や訂正はしない。一般概念を押し付けず、個性を伸ばすことを大切にしている。

移民の国であるから、ほとんどの小学校にはESL(English as a second language英語を母国語にしない生徒)クラスがあり、その専門の先生やアシスタントがいる。一般に先生はクラス内の底辺を持ち上げるのに力を入れている。従って、勉強のできる子や高度な教育を与えたい親にしてみれば、すこし物足らない状況も現れてくる。そこで一般家庭向けに、ある良い制度がある。ここで一般家庭と述べたのは、多額のお金を払えば良い私立小学校に子供を入れ教育をしっかりと与えることができるから、それに属さない家庭対象である。

良い制度とは、小学校4年生でOCクラス(Opportunity Class:一部の公立小学校5,6年生徒用特別クラス)に入る試験を受けることができる。この試験は強制ではなく、もっと勉強を重視したい生徒が特別OC クラスに入れる機会を与えるためにある。

まずこのOCクラスに入るために教育熱心な親は子供を3、4年生で塾(Coatching School)に入れる。この塾がスパルタ的であり、ほとんど塾に通う子供はアジア系である。そしてOCクラスに合格しても、今度はこのクラスについていくため、またその後の選抜高校に入るために塾通いをつづけるのである。娘はOCクラスに運良く合格したが、彼女のクラスメイトはほとんど塾生徒であった。聞くところによると、平日は学校の後、毎日3時間、週末は最低1日5,6時間は塾で勉強しているそうだ。これなら10週間(1学期)800ドル~という授業料もうなづける。しかし小学校の低学年から塾通いをしている子供はどのように育っていくのであろうか?

このOCクラスは公立小学校10校に1校くらいの割合で(地域によるが)設立されている。このクラスの生徒数は30人。一般小学校の生徒数が一クラス20数人程度であったから少し大目の数である。男女の割合は毎年かわるが、娘の学年は男子20人女子10人であった。女子10人のうちオーストラリア人1人、イギリス系1人、中国系7人、娘(日本&アメリカ系)が1人。男子20人のうちオージー1人、インド系1人、中国系18人。この数から一目瞭然であるが、圧倒的に中国系の生徒が多い。学習レベルはとても高く、宿題の量やクラスの内容は前にいた一般小学校に比べ大きく違った。これでさらに普通の小学校の生徒とは差がつくわけである。

このクラスに対して、公立でも素晴らしいクラスがあるんだ!という思いと、疑問点が浮かんだ。同級生達は勉強に集中ばかりしていて友達同士で遊べない。またこんなに緑の芝生グランドがあちらこちらにあるシドニーで走り回ることすらできない子供がいっぱいいるのだ。気候と環境に恵まれた国だからこそできることが山ほどある。それを子供に味合わせられないのならなぜこの国にいるのであろうか?

日本人の教育熱心な親もきっとたくさんいるだろうが、この中国系の親たちは強力である。子供の意思はまったく無視、子供の将来は弁護士か医者としか考えていないのだ。

これに比べオーストラリアの親達は勉強も大切だがスポーツや音楽をとても重視する。サッカー、水泳、ネットボール、クリケット、フットボール、季節に応じていろんなスポーツ・チームに所属させ週末はどのグランドも物凄い数の子供と親が集まる。また小学校のブラスバンドやオーケストラに所属させたり、個人で楽器を習得させている。

我が家はどちらかというとオージーよりであった。塾通いなんてとんでもない、娘はサッカーとブラウニー(ガールスカウト)を小学2年生から、サックスフォーンを3年生から始めた。

音楽や芸術にふれ、子供同士のスポーツや遊び、おしゃべりなどが子供の心の成長に必要であり、肥やしであると信じている。毎日塾に通って、どうやって社会性を身につけていくのか? 塾通いと勉強にしか時間を費やしていない子供が大人になったら、どんな医者や弁護士になるのであろう?

将来が心配なシドニーである。

つづき

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