音楽

Sydney的土曜の夜の楽しみ方! 和太鼓の響きに魅了された夜  at Goodgod small club

我が家からシドニー市の中心地Cityまで(アメリカではダウンタン、ここではシティと呼ばれている)車で20分ほどなのに仕事や用事がなければあまりCityに足を運ぶことはありません。

でも、昨夜はちょっと趣をかえて仲の良い女友達とオーストラリアを代表する和太鼓軍団、TaikOzのライブに出かけました。

育ちざかりの子供を4持つ友達は毎日家事と子育てに追われつつ「こんなガールズナイトアウトの機会はない!」と大喜び。私も夜のお出かけはウン年ぶり?と、少々興奮気味のオバサン2人はウキウキ気分で会場に向かいました。

TaikOzの日本語リエゾンをしていてミュージシャンとつながり、またオーストラリアにいながら本場の和太鼓が聴けるのはとても喜ばしいこと。過去のコンサートやワークショップについてはこのブログでも何度か紹介してきました。

昨夜のライブは、タウンホールから約7分ほどのGoodgodと呼ばれる異国情緒の漂うレストランの奥にある小さなホールで開催。Small Clubという名の通り、ほんとうに小さなホールに大太鼓、桶太鼓などさまざまな太鼓が並べられ、後ろにはバーのカウンター、観客はギュウギュウの総立ち状態。それでも私達は早めに行ったので太鼓の目の前、真ん中の床に座り込み、最高の席を確保!!Lucky!

このグループの醍醐味は、本場日本の林英哲氏や鼓童さんから学んだ太鼓の技、尺八や篠笛、チャッパ、手拍子などを西洋楽器と素晴らしくハーモナイズさせていくこと。昨夜はシンセサイザーやドラムセットも登場。三宅島の津村師匠から直々伝承された三宅太鼓のポーズは、ギリシャ神話の銅像を思わせるかのよう。力強い撥さばきの中にも美しさが漂い、観客一同が感動の渦に巻き込まれていきました。

和と洋を巧妙に合わせたTaikOz独自の演奏法は日本の伝統音楽である和太鼓をオーストラリア中に展開しており、それにともない和太鼓を愛するオーストラリア人が増えていくのはこの上なく嬉しいことであります。

ライブを終え、胸も身体も熱くなった会場を一歩外に出ると、あっという間にシドニーの大都会の喧騒に巻き込まれました。ホームレスに無料で食事を配るテントが張りだされ、酔っ払いが騒ぐなか・・・帰りのバスがちっとも来なくって・・・・涙。でも、今夜はいつもと違った心地良さが心に残り大満足のガールズナイトアウトとなりました。

ぜひぜひ日本の皆様にも味わってもらいたいTaikOzです。

 

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Sydneyオペラハウスでのコンサートの思わぬ落し穴!!!

2ヶ月前、私の大好きなジャズ・アーティスト、ダイアナ・クナール(Diana Knall)がシドニーにやってくるのを発見。即、オンラインでチケットを購入したのですが・・・24日のコンサートでは、意外な結果となりました。

まず、チケットを買う2ヶ月前ですら、すでにほとんどの席が売れていて、その時点では一階の一番後ろか、端っこの数席、もしくは最前列のステージに向かって真ん中から右よりの15席ほどしか空いていません。料金は一番後ろで100ドル、最前列だと160ドルくらい。

この時に、どうしてこんな前の席が空いているのかを不思議に思えば良かったのですが・・・

カナダ出身のダイアナさんは、独特な歌い方とジャズピアノのさばきが最高に格好良く、私がジャズのボイストレーニングを受け始めたのも彼女の影響が大という人物。

日本での知名度はわかりませんが、きっとシドニーに来ることは珍しいでしょう。どうしても彼女を間近に観たい!という思いから、迷わず最前列を購入する私でした。

今回は、シドニー交響楽団との協演で、オペラハウスとシドニー交響楽団の2つのサイトでチケットを購入することができるようでしたが、私はシドニー交響楽団のサイトでチケットを購入。ところが席を選んで進めていくうちに、「寄付をするのか」という欄にきました。というか、寄付をしなければ、次に進めない状態。でも、寄付の金額がいったいいくらなのか書いてないのです。

まあ、寄付と言ってもべらぼうな金額は取られないだろうと思いボタンを押し進んで、最後の金額をみてびっくり。もちろん、オンライン上で買っても手数料は取られますよね、そして寄付、これが一人につき約1200円(15ドル)でした。2枚買ったので30ドルの寄付を強制的に払わされたのです。

寄付をするのはかまわないけれど、寄付をしなければチケットを買えない!というのはおかしくありません?ちょっと腑に落ちない感じでしたが、大好きなダイアナだから・・・コンサートの日を楽しみしたのです。

当日、シドニーはどんよりとした曇り空でしたが、コンサートの始まる夜8時前、オペラハウスに到着する頃は、シドニー市のビル群とハーバーブリッジの夜景がとても美しく輝いていました。

心ウキウキでコンサートは始まるのですが、とんでもない事態が。

なんと、2つ買った席のうち、ひとつの席からはピアノしか見えず、ダイアナや彼女の連れているトリオは何も見えないのです。もう、泣きそうになった私に、少しでも見えるようにと、友達は席を変わってくれたのですが・・・かろうじて、ピアノの横のカーブに彼女の顔が入り、無理矢理首を伸ばしてみるしかない状態。

彼女はいつもインターバルを取らずにどんどん進めていくタイプで休憩もありません。従って、首を無理矢理伸ばすのが1時間45分もつづいて痛いのなんの。

もちろん、憧れのダイアナに会えたから感激でハッピーな夜となりましたが、私の横右側に座った十数人の人々は何も観えていなかったのかと思うとちょっと怒りがこみ上げてきました。こんな席をこんな料金で売っていいのでしょうか?

シドニー交響楽団に友達がいるので、話したら、通常チケットを買うときは、席について尋ねることができるので、今後は出来たらオンラインというより、直接電話で買ったほうが良いとのことでした。またリハーサル後にピアノの位置を変えたりなど、コンサート直前になるまで、ステージ上の状況がわからないこともあるそう。

その晩、友達は演奏していなかったけれど、彼女の友達のクラリネット奏者はダイアナから目が離せなかった!と感激していたそうです。

そうなんです、ダイアナは歌もピアノも上手いのですが、彼女を観ているだけで心ウキウキさせる魅力があるのです。だから、彼女が観れないコンサートなんて、あまりにもひどい!!!

皆さん、シドニーオペラハウスでチケットを買う際は、こんな落し穴に十分に注意をしてくださいませ。

 

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「TaikOz The Spirit Dancer」岩手県岩崎鬼剣舞保存会がシドニーで踊り舞ったエンジェルプレイス    

11月前半、異常な乾燥と急激な気温の上昇で山火事が激発(ブルーマウンテン辺り)したシドニーであったが、その後、気温が20度少しと下がり肌寒い日もある。そんな中、岩手県から鬼剣舞の披露と教授のためにお客様がシドニーに到着した。

娘の習っている和太鼓グループの日本語担当をしている関係から、私もこの岩手からのお客様、岩崎鬼剣舞保存会の皆様とお会いできる機会に恵まれることになった。

昨夜は、シドニー市リサイタルホール、エンジェルプレイスでオーストラリアの和太鼓グループTaikOzと岩崎鬼剣舞保存会の合同コンサートがあり、会場には多くの和太鼓ファンがおしかけた。TaikOzは、シドニーを本拠地としてオーストラリアでは10数年にわたる和太鼓活動をしている。その成果、シドニーの和太鼓熱は高く、また熱狂的なオージーファンもたくさんいるのである。

TaikOzの華麗なるバチさばきと尺八のライリー・リー氏の演奏ではじまり、鬼剣舞メンバーの勇ましく、また華麗に踊る姿は感動であったのは言うまでもない。本場の踊りは、きっと日本にいてもその地方に行かない限り、お目にかかれるものではない。それを目の当たりにして、娘も大喜びであった。

TaikOzの和太鼓、尺八と鬼剣舞の踊りの交差した後、フィナーレは、TaikOzメンバー総動員の力のこもった太鼓で締めくくり。メンバーの真っ白な腕や顔がどんどん紅潮していくのが見え、これでもか!という感じで太鼓を打ちつづける気合が伝わってくる。ドンドンと心に響く太鼓には不思議なパワーがあり、会場の誰もが息を飲み、聴きいっているのがわかった。

もちろん、打ち終わったときの聴衆の喝采はものすごいものであり、拍手は止むことをしらなかった。演奏側と聴衆側が、言葉ではなく音楽を通しての日豪交流を果たしたのである。これはどんな言葉よりも強い思い出として残るのではないだろうか。

そしてアンコールがまたまた驚き。TaikOzの和太鼓の生徒からなる鬼剣舞グループの若者20人が、会場内の通路に並び、ステージの鬼剣舞とともに踊りだしたのである。娘も嬉しそうに踊っていた。

まるでフラッシュ・モブみたい!

もちろん、会場の誰もが岩手からのお客様ばかりか、この日のために熱心に練習してきた生徒の鬼剣舞に魅了されてしまったようだ。

11月27日から29日にかけてワークショップがはじまる。鬼剣舞の皆様との交流を楽しみにスタジオに向かう自分である。

 

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2012年TaikOzスチューデント・コンサート無事終了

あっという間の12月である。

12月の第一日曜、我が家には毎年恒例の大きな行事がある。このブログで度々紹介しているオーストラリアで目覚しく活躍している和太鼓グループTaikOzの生徒のコンサートが開催され、和太鼓を習っている娘の出演も今年で4回目となった。

和太鼓は、ここオーストラリアではまだまだ珍しい音楽といえるが、それでもTaikOzの総生徒数は150人もいる。

驚くのは、そのうち日本人はほんの数人であり、我が家のようにどちらかの親が日本人という生徒は56人くらいで、その他生徒すべてはオーストラリア人である。

年齢層は幅広く、6歳から11歳、12歳から17歳までの2つの子供クラスをはじめ60代の生徒もいる。性別はなぜか女性が7割程度を占めている。平日の夜と週末にクラスがあり、子供クラス以外の生徒は大学生、主婦や社会人である。

上級生徒の中にはプロ顔負けの奏者が多く、その生徒から成る‘太鼓の輪’は2011年、東京国際和太鼓コンテストの組太鼓一般の部で優勝した。

さらに和太鼓以外に、日本で修行を積んでいるTaikOzメンバーの指導の下、毎週土曜日に生徒希望者が集まり、岩手県北上市の伝統芸能鬼剣舞を練習している。

コンサートのオープニングは、日本刀を片手にした生徒30人が鬼剣舞を軽やかに踊ってくれた。頬をピンクに染め誇らしげに北上伝統芸能を踊る彼女達の姿はとても美しく、聴衆を魅了したのは言うまでもない。

このスチューデント・コンサートの醍醐味は、チームが一つとなり息の合った演奏ばかりではなく、演奏しているときのみんなの笑顔がとても素敵である。小柄な女性が汗をかいて必死に大太鼓を打つ様は、思わず‘頑張れ’と叫んでしまいたくなる。筋肉痛に悩まされつつ娘の鬼剣舞も撥裁きもなんとか形になってきた。

篠笛、チャンチキの音色というのは、どこか郷愁を帯び、太鼓は力強く胸にドンドンと響き、心を元気にしてくれる。太鼓の音色を聴くと、小さい頃、お祭で担いだお神輿のことを思い出す。海外で数十年暮らそうが、わたしの心は日本人のままなのである。

シドニーで和太鼓満載コンサートを聴ける機会に恵まれとてもラッキーな日曜であった。

TaikOzのメンバー、生徒の皆様お疲れ様でした。

 

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シドニーのビルの片隅にて三宅島太鼓と木遣りが響いた2日間

シドニーを拠点として活躍するTaikOzが主催する三宅太鼓のワークショップに招かれ、三宅島の神着神輿太鼓の津村明男氏がご子息3人(和宏さん秀紀さん春快さん)を引き連れてシドニーにやってきた。

度々このブログで紹介しているTaikOzは、舞台での演奏のみならず和太鼓の教室を持ち老若男女総勢150人ほどの生徒を抱えている。上級生徒からなるグループ太鼓の輪2011年東京和太鼓コンテスト組太鼓一般の部で優勝をしている。これらの生徒にとり津村さん一家から本場三宅太鼓を教えてもらえるのはまたとない絶好の機会であった。

和太鼓がお好きな方ならお馴染み深いリズムの三宅太鼓であるが、知らない人に簡単に説明すると・・・

‘世界的に活動する和太鼓集団「鼓童」が「三宅」として世界各地へ広めてきた和太鼓のオリジナル版、それが「三宅島神着神輿太鼓」です。三宅島での牛頭天王祭では11時から神輿を納める夜20時まで太鼓係が休みことなく太鼓を打ちつづけます。’ http://www.miyaketaiko.com/en/overview/index.html

この「三宅」はもともと三宅島のお祭りの際のお神輿の伴奏として叩かれている太鼓を舞台演奏向けに突きつめたものである。

終末2日間かけた12時間のワークショップには、地元の生徒以外に遠くは横浜、タスマニア、メルボルン、ゴールドコースト、セントラルコーストなど各地から70人ちかい参加者が集まった。日本人は10人ほどで残りはすべてオージーである。これほど和太鼓熱がオージーに伝わっているのは、15年間にわたり地道な活動をつづけてきたTaikOzのひたむきな和太鼓への情熱と言えよう。

ワークショップは三宅太鼓の打ち方の基本フォームから始まり、打ち込み、神楽とつづき、最後は木遣りを歌った。

土曜の夜、歓迎会が開かれ津村さん一家のパフォーマンスを拝見した。太鼓そのものの限界を超えたかのように感じる力強い叩き音、切れの良い華麗なフォーム、そしてひょっとこの面をつけて軽快に踊る和宏さんの動きなどすべてが感動そのものであった。

2日間のワークショップ終了後、全員で木遣りを歌うことになった。12時間のきつい練習後ではあったが生徒と先生一同が汗にまみれ筋肉痛と闘いながらも喜びで微笑が隠せなかった。

参加者の一人に津村さんが昔日本で教えた女性がいて、彼女は現在メルボルンで演奏活動をしている。津村さん一家の横に出てきてもらいいっしょに木遣りを合唱した時、彼女は感動と喜びで泣き出してしまい、まわり一同胸が熱くなった。

国籍、歳、言葉なにも壁はなく、三宅島の木遣りで道場のみんなが一つになったのだ。

わたしは非力ながらも通訳という形で参加させてもらう機会をいただいた。耳をつんざくような太鼓の響きが心の奥底まで浸透していき心地よい12時間を過ごせたことに感謝である。

近い将来さらに和太鼓が世界音楽界を魅了していくことを願いつつ。

www.taikoz.com

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和太鼓の醍醐味満載 Kodo&TaikOz太鼓の和と洋がぶつかり合った夜 Angel Place in Sydney

92728日、Kodo & TaikOz in Concert Featuring Riley Lee Shakuhachiがオーストラリア国内5都市を巡った後、シドニーのエンジェル・プレイスで幕を閉じた。

TaikOzはオーストラリの誇る和太鼓演奏家集団であり、今回の地方公演は日本を代表する和太鼓グループ鼓童(10人)との合同コンサートであった。

TaikOzの創始者の一人ライリーは元鬼太鼓座のメンバーとして尺八の世界に入ったが、残りほとんどのメンバーは背景が違う音楽から和太鼓界に入ってきている。芸術ディレクターのイアンは元シドニー交響楽団の打楽器奏者を長年務めてきており、元ジャズドラマーやマリンバ奏者もいる。それがこのTaikOzのユニークかつ和太鼓への新風となる魅力の一つであるのだ。

日本なら古来の太鼓のイメージから外れるなどの批判の声も上がるかもしれないが、メンバー全ては日本で修行を受けているから和太鼓の基礎はしっかりとしている。またTaikOzの完璧なる音楽への追求性が、日本では観れない和太鼓の新しい壁を突き破ったパーフォーマンスを生み出しているのである。

今回の合同コンサートの魅力は、この西洋の影響を受けた和太鼓と日本から来た本場の和太鼓軍団、鼓童とのぶつかり合いと協演であった。

鼓童の若手メンバー3人からなる全身全霊を注ぎ込んでいるような打男、美しく真っ赤な着物で華麗に叩く千恵子さんの撥さばきは会場を一気に魅了した。

日本で活躍する本場の和太鼓の音色が聴ける機会はあまりないので、オーストラリアの聴衆は新たな感動と日本文化の一つ和太鼓への尊敬の念が沸き起こっているかのようであった。

シドニー公演が大成功で終了したのは言うまでもない。

このブログでも数回紹介してきたがTaikOzとは娘が和太鼓を習っていることから縁があり、自分は日本語関係や音楽合宿などのCater(食事作り)を担当させてもらっている。

今回の地方公演前のリハーサル中の食事の手伝いもさせてもらう機会にも恵まれた。DVDやコンサートでしか観たことがない鼓童のメンバーとの初対面は少し緊張したが、皆さん気さくで優しくて、忙しいながらも楽しい雰囲気で時間が過ごせた。そんなことからこのコンサートはより深く思い出に残った。

今朝、鼓童のメンバー(8人)はカナダ、モントリオールで開催する次のコンサートに向けて出発する。彼等の世界での活躍は目を見張るものであり、今後和太鼓が世界の音楽界にどう浸透して行くのかが大いに楽しみである。

また近い将来TaikOzの日本公演が実現するのでは?と願う日々でもある。

 

 

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映画’シャイン‘でお馴染みDavid Helfgott 天才ピアニスト コンサート at Angel Place

昨日丸一日サザリー(Southerly:南半球で吹き荒れる突風と嵐)と呼ばれる強風が吹き荒れ、街中大混乱となった。3万世帯が停電となり、最高瞬間風速が100kmに達したサザリーはマンリーにある学校の屋根まで吹き飛ばしてしまった。

我が家は夕食の支度中に停電となり慌てて蝋燭に火を灯しガスコンロで中華風肉団子を作り終えた後、娘がお稽古事、わたしはコンサートに行く予定であり、一歩外に出ると木々が倒れ信号も切れてパニック状態であった。

しかし強風には負けていられない、目指す会場はシドニーのマーティンプレイスの側にあるエンジェル・プレイスというコンサート・ホール。第69回アカデミー賞で多くの賞を獲得した映画‘シャイン’の実在人物、デビット・ヘルフゴットのコンサートへ向ったからだ。‘シャイン’は大好きな映画であり、ぜひともディビットの生の演奏を聴きたく胸をはずませて出かけたのである。

前半は彼のソロでバッハの Italian Concertoとベートーベンの Sonata Op.57 "TheAppassionata"、後半は映画でお馴染みの曲ラフマニノフ、ピアノ協奏曲第三番をメトロポリタン交響楽団と協演した。

会場にひょこひょことスキップするように飛んで登場するディビットは可愛いおじさまという形容がぴったりである。聴衆に手を振り両親指を前に差し出して「Good!!!」をいいつづける。

私の席は3階であったが、(購入時高い席と安い席がすでに売りきれ)交響楽団も彼のピアノもすべてみえた。ゴツゴツとした愛着のある指が鍵盤をすべるように動き、まるでマジックのような感じであった。彼のピアノには楽譜が置いてなかったから2時間弱の演奏はすべて頭にインプットされていたのであろう。

彼の自叙伝を少しさかのぼってみたい。

小さい頃からピアノの才能を発揮、19歳でロンドンに渡り、王立音楽学校の先生からは「過去25年で最も優秀な生徒であり、技術面と気短な性格はホロウィッツ(ピアニスト)に似ている」と言われた天才児であった。

その後ロンドンで数々の賞を受賞し続けたが、学校最後の年に、ディビットは情緒不安定、精神興蓄性を悪化、彼の尊敬するパース出身の作家キャサリン(Katharine Susannah Prichard)の死がさらに精神的な打撃に拍車をかけてしまう。天才であるがゆえの悲劇ともいえよう。

しかしパースのワイン・バー(ディビットは毎土曜にそこでピアノの腕前を披露)のオーナーや素晴らしい女性と出会い、その後彼は幸福な人生を歩んでいくのである。

交響楽団との協演の際は、指揮者が彼の番になると優しく子供に語りかけるように顔を向け指揮をする。また彼もニコニコと椅子にチョコンと座りたまに聴衆に手を振りつつじっと弾くパートを待っている。彼の背中がとても愛らしく思えた。

大好きなラフマニノフのピースが終わったときは感動で胸がいっぱいになった。大喝采を浴び興奮気味の彼は交響楽団の人々にキスやハグを繰り返し何度も何度もステージに戻って溢れんばかりの笑顔をみせてくれた。残念だったのはアンコールが一回もなかったことだ。

私と同様にディビットの大ファンである友達は2年前コンサートに来ており、その時の演奏は彼のソロのみであり、アンコールを受け何度も彼は演奏したそうである。

純粋な彼にとり10時きっかりに演奏を終えなければいけないなんて頭の片隅にもないのであろう。ピアノを通じて会場と彼が一体となる感動を簡単に止めるのは至難の業かもしれない。昨夜は、指揮者に押されて会場を去る彼の背中が、「もっと演奏したいのに!」と言っているようであった。

人間業を超えたピアノの美しさと彼の純粋な人柄を感じるコンサートで私の嵐のシドニーは幕を閉じた。外は都会の喧騒、木枯らしがまだ吹き荒れていたが心はホカホカになり家路についた。Thank you、David!!!

 

 

http://www.davidhelfgott.com/biography/

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日本古典音楽 箏&津軽三味線の魅力に酔う!聴衆250人が集まった夜 at NSW Art Gallery

718日、 NSW州立美術館にて箏&三味線、日本古来の美しく上品な音色に250人あまりの人々が魅了され大喝采のもと演奏会が無事終了した。

同美術館では6月下旬から8月中旬まで神坂雪佳特別展が開催されている。その一環として毎週様々なイベントが催されており、この演奏会はイベントの一つであった。

なぜ今私がこれを書いているのか?話を少しさかのぼります。

2年ほど前日本に帰国した時に、古くからの友達と「ぜひ一度は海外で演奏会をしてみたい!」という会話になった。友達は日本在住の箏と津軽三味線のお師匠さんであり、地元ではライブをしたり演奏会に出て活躍している人々である。

過去、私は日本在住の画家のシドニーでの個展を6回ほどオーガナイズしたことがあり(これは本職ではないです)、まあ、絵が音楽にかわっただけであるから、なんとか出来るかな?と思い、

「それならシドニーでどこか演奏できる場を探してみます。」とその時は話を終えたのである。

その後、会場探しを始めてみた。会場を借りてチケット販売となると大事となる。今回はどこか小さな場所で日本の古典音楽に興味のあるオーストラリア人やシドニー在住の日本の人々に楽しんでもらえればという考えで動いてみることにした。

最初に美術館に足を運んでみた。なぜ美術館か?というと、数年前フランス印象派特別展の際にシドニー王室海軍オーケストラから4人ほど奏者が来てミニ演奏会を開いていた。こんな感じで演奏会ができたらいいなというのをイメージしていたからである。また美術館にはカフェやワインバーがあり、たまにジャズなどを流している。もちろんBGMであるが、それでもかまわないと思ったのである。

美術館で初めてあった担当者は、昔日本に住んでいたアメリカ人女性で色々と話に花が咲き、「ちょうど来年日本の特別展があるから、その時になら演奏会が可能かもしれない。ちょっと上と話してみるから。」いうことになったのである。ちょうどこの時期に日本画特別展が開催されるというのはとても運が良かったとしかいえない。

そして紆余曲折の後、先週18日の夜、遠路はるばるやって来たお師匠さん2人の海外演奏会の夢が実現することになったのである。

会場では、シドニー在住の日本の人々が、

「生の本場津軽三味線を初めて聴けたので今夜はここに来て良かった!」

「仕事で疲れていたけど、この懐かしい音色を聴くことにより心がとても落ち着いた。」など感激してくれ、多くのオーストラリア人は艶やかな着物姿と日本古典音楽の美しさに感動していた。

お師匠さん2人は今回観光ビザで入国しているから一切の演奏料は受け取れないし、飛行機代、滞在費、演奏料すべては自己負担となる。それでも美しい州立美術館で演奏が出来て、多くの聴衆を集め、成功に終わったという事実はお金では買えない素晴らしい経験や思い出となったことであろう。

私自身もこの大イベントを進めていくうちにいろんな難関にぶちあたったが、なんとか乗り越え、演奏後の喜び、幸福感、達成感をいっしょに味わうことができた。演奏会をオーガナイズする機会に恵まれ、またすべてが無事に終わり安堵とともに感謝の気持ちでいっぱいである。

州立美術館の関係者、お世話になり演奏もいっしょにしてくださった地元の箏奏者、不安や心配の渦の中演奏会のためだけに飛んで来て一生懸命に日本古典音楽を演奏してくださったお師匠さん2人、すべての人々にエールを送りたい。

 

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音楽は心の栄養剤!  小さい頃から慣れ親しんでみよう!

オーストラリアの歴史はまだまだ浅く日本のような伝統文化もほとんどない。また多国からの移民を受け入れ多文化を奨励しているため、文化が分散してしまいオーストラリアの文化はいったい何かな?と考えさせられることがある。

しかし、芸術や音楽を楽しめる機会は数多くあり、老若何女を問わず誰にでも門が開け放たれている点では素晴らしい環境だと思える。

音楽を例にとると、通常どの小学校にもスクール・バンドがあり、3年生から入団できる。また1年に一回は必ず、プロの音楽家やグループが学校に来て演奏会やワーク・ショップなどを開き、音楽に慣れ親しむ時間を設けている。

娘は3年生からサックスフォーンを習い始め、スクール・バンドで演奏をした。イースターやクリスマスには必ずコンサートがあり、音が少々外れていようが子供達が一生懸命に楽器を弾く姿は、会場にいる他生徒や親たちに音楽の喜びと楽しさを教えてくれた。

娘が高校に入ると(オーストラリアは中学と高校が一環)ちょっと驚いたことがあった。学校により違いはあるだろうが、彼女の高校には以下のように多くのバンドが用意されていた。

初心者用バンド・ウインド・アンサンブル(木管、金管、打楽器奏者を基本)・コンサートバンド(ウインドアンサンブルの上級者)・ストリング・アンサンブル(弦楽器奏者による合奏団)・ウインド・オーケストラ(高校シニア11年と12年生)・シンホニー・オーケストラ(上級弦楽器奏者と上級木管、金管、打楽器奏者)・カメラータ(弦楽奏者、室内管弦楽団を希望する奏者)・ビッグ・バンド(ジャズ合奏団)・アカペラ・ゴスペル・合唱団

また学校のバンド以外に、郊外により青少年オーケストラがある。これは10歳から入団が可能であり、ある程度の音楽レベルであれば(オーディションあり)入団できる。そして大人になれば、シティ・バンドがあるのだ。

娘は、高校入学時に、学校以外で和太鼓とドラムを習い始めていたので、高校のバンドには入らなかったが、現在はある郊外の青少年オーケストラに打楽器奏者として所属している。

先週、この青少年オーケストラと和太鼓青少年グループ(TaikOz Youth Group)のコラボレーション・コンサートがあった。オーケストラと和太鼓グループが数曲づつ演奏した後、最後の曲は両グループの協演で幕を閉じた。ドンドンと胸に響く力強い太鼓の音が交響曲のクライマックスに響き渡ったとき、会場にいる誰もが楽しんでいるのが伝わってきた。小学校の体育館での小さなコンサートではあったが、楽団員の家族ばかりでなく街の人々が聴衆に加わり子供達の演奏を大いに満喫したといえよう。

コンサートというと美しいコンサート・ホールで有名な演奏家によるものという概念がある人もいるであろう。もちろんシドニーならオペラ・ハウスに行けば、それを簡単に味わうことはできる。

しかし、こういった小さな街角コンサートも見逃せない。どんな音楽でも人の心を豊かにしてくれるのは間違いがないからだ。

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ホイットニー・ヒューストンさんの死を悼む  自分の悪魔に負けた日!

 

今朝のニュースでホイットニー・ヒューストンの悲報が流れつづけていた。

 

 

 

12日午後8時(アメリカ東部標準時)ロサンゼルスではGrammys 2012(グラミー賞授賞式)が開演する。あと数時間で開幕となりつつある現場は急遽、‘彼女の追悼シーンを準備している’とあった。

 

 

 

彼女はこのグラミーのために現地入りしてビバリーヒルズ・ホテルに滞在していた。

 

ニュースでは、'遺体は浴室で発見され、眠ってしまい溺死したのか、または薬物か何かにより溺れる前に亡くなっていたのかは定かではなく、死因がわかるのは数日から数週間かかる。‘ とある。

 

 

 

19歳の娘さんはホテルは、一切現場に立ち入ることができず、もちろん突然の衝撃で病院に運ばれている。’家族や身近な人々のショックは計り知れない。

 

 

 

このニュースを今朝聞いて感じたことは、ああやはり!という思いであった。

 

前回オーストラリアで巡回公演をしたとき、地方各地での批評は芳しくなかった。

 

 

 

過去の栄光への復活を試みた2010年オーストラリアン・ツアーであったが、 「全盛期は、パフォマーとして力強く無類のない声“の持ち主であった。しかしこのツアーでは、過去の彼女自身の影であり、批判、歌声と振る舞いへの非難しか注目を浴びず、この悲劇はあまり衝撃ではなかった。」とABCテレビのベカー氏は述べている。

 

 

 

このときは彼女があと数年の命とか誰も深刻に考えていなかったはずだが、今朝はこの悲報の要因が頭に浮かび、諸問題から立ち直れなかった結果は残念としか言いようがない。

 

 

 

2002,「アルコール、マリファナ、コケイン、クラック、リハビリ失敗、いろいろあるけど、一番のDevil(悪魔)は何?」とのダイアン・ソイヤー(ABCインタビューアー)の問いに、「最大の悪魔は自分。自分は親友でもあり敵でもある。」と答えていた。

 

 

 

素晴らしい歌声で富と名声を手に入れ世界中何千何万の人々を魅了したホイットニーさんだが、私生活は薬物依存症、拒食症、元夫から受けていた家庭内暴力と数多くの問題を抱えていたようであった。

 

 

 

映画'ボディ・ガード‘のI always love youは皆さんご存知だと思われるが、

 

最後にこのYou Tubeを聴いてもらいたい。

 

http://www.youtube.com/watch?v=GBLDiviApCQ

 

この時期にスーパー・ボウルの国歌斉唱でアメリカを湾岸戦争に奮い立たせたシンガーの底力はどこにいったのか?

 

あのパワフルな歌声で、自分の悪魔に立ち向かって行けなかったのであろうか?

 

 

 

真の歌い手がこの世から減るのはとても悲しいことだ。

 

ご冥福をお祈りしつつ。

 

 

 

The Sun Herald Morning Today ch9

 

ABC

 

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