日記・コラム・つぶやき

カンタス機内で不思議なドイツ人男子の騒動に巻き込まれた空の旅! こんなことがあっていいの?を連続して体験!人への親切はほどほどにするべきなのか? その2

前回の帰国の際、カンタス航空でシドニー‐羽田間を飛んだ時になんだか変なことに巻き込まれてしまいました。

3人シートの窓側に私、その横には誰もいなくて、通路側に日本人のビジネスマンらしき男性が座っていました。私の前も同じように窓際に一人、真ん中をあけて通路側に男性がいました。

何がきっかけだったのかうる覚えですが、私の前にいた若者がいきなり振り向いて何かを尋ねてきました。横に座った人と話すことはふつうにありますが、夜の便でほぼまわりの人は眠りはじめかけ、なんでこの人わざわざ振り向くの?とちょっと不思議に思いましたがあまり気にせず簡単な会話をしました。

そして、真夜中すっかり眠りについたとき、この若者が、今度は私の頭をトントンとたたいて「iPad iPhoneの充電コードを持っていないか?」と起こすのです。

ええ、なんで眠っている人を起こしてまできくの?と思い、「持っていない」とだけ答えてまた眠りに戻りました。

その後、CAが外国人入国カードを渡しているとき、また若者が振り向いて「記入の仕方がわからないから助けてくれる?」ときいてきました。「どこがわからないの?」と言うと、「隣に座っていいか?」と言い出し、あっという間に私の隣に座り込んでしまったのです。ニコニコと笑い感じも良かったので、まあいいか!くらいにしか思わず記入を手伝いし始めました。

そのうち、ドイツのパスポートを持っているのに自分は難民だ!とか、日本での滞在先がまだ決まっていないから私の滞在先を書いてくれ、などとちょっと変なことを言い始めたのです。

私の滞在先なら実家となる、この人に実家を知られたくない、「ホテルとか予約してないの?そこを書きなさいよ」と言いつつ、このあたりから、だんだんおかしいことに気づき、若者に親切にするのはここまでだな!と感じました。「もう税関で教えてもらって」とやさしく突き放しました。彼はしぶしぶ自分の席に戻り、前の空いていた真ん中の席に座り、通路側にいた男性にいろいろと話しかけていました。

やれやれと思ったのもつかの間、なんと今度は、その通路側にいた男性が私の方に振り向き、空いていた隣に座っていいかときいてきたのです。???なんでこの人までここに来るのと思いましたが、切羽詰まった気配があったので、その男性にOKと言い、彼がさっと私の横に座ると、前の若者が「どうして僕から逃げるの?」と言い出し、後ろの私達に手を伸ばしてきました。この時点で、これ何?こんなことがあっていいの?状態の私。

慌ててCAを呼び出すボタンを押し続けても着陸準備で大忙しのCAは誰も来てくれません。その間、ドイツの若者の伸びてくる腕を抑えつつ、通路側から逃げてきた男性と話すと。

彼はシドニー在住のアメリカ人会計士。ドイツの若者が彼に近寄り身体を触ろうとした言うのです。パニック寸前の私は、腕を伸ばす若者をなだめつつ、少し後ろにいたCAに目で「Help」と合図。異変に気づいて駆け寄ってきたCAに「前にいる若者が触ろうとしたりおかしいので助けて」と報告。CAも真っ青、やっとこの変な事態にきづくと、まず最初に隣にいたアメリカ人会計士を前の少し離れた席に移動させ、私も数分後に前に移動。でも飛行機は着陸中、シートベルト着用サインが点灯、乗務員も座らなければいけない中、CAといっしょに走って必死で移動したのでした。

羽田空港に着陸してからは、セキュリティーがドイツ人若者を連行するまで乗客は立つことも許されず、ただただ待たされました。その間、CAが「何が起こったのか説明をしてください」、「この件に関して訴訟を起こしたいですか?」などの質問攻め、私と会計士は「大丈夫です」と言い、一件落着となったのです。

今だから笑えるような話ですが、ドイツの若者が乱暴な人でなかったのは救いです。

これも私の親切心がとんだ展開になった事件でした。人助けもほどほどにしなければいけない世の中なのでしょうか?ちょっと考えさせられる空の旅でした。

 

 

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こんなことがあっていいの?を連続して体験!人への親切はほどほどにするべきなのか? その1

人に親切にしたり、まわりで困っている人がいたら出来る範囲で助けるのは、一般的にごくごく普通の行為だと思われますが、ここ数カ月内にこの親切な行為に待った!をかけなければいけないのかと思えることがつづいて起こりました。

最初に「親切にするなら相手を選べ!」と感じたのは、我が家の一部屋が短期間空き、そこにステイしてくれる人を探すために地元の新聞に載せたときのことです。

数件連絡がありましたが、見に来ると言っていても来なかったり、あまりマナーの良さも感じなかったり、まあ、誰かいい人が来てくれればいいなと思っていた矢先。とても丁寧な口調の女性から電話がかかってきました。日本から来たばかりでまだ空港近辺のホテルに滞在中、何軒かほかにレントの問い合わせをしても上手く見つかっていないとのこと。困っていたので「ホテル代は高いでしょう、いつからでもいいですよ」と話したら、翌日即来ることが決定しました。

過去、我が家にステイしたのはすべて日本の友達の知人か親戚などであり、見知らぬ人に住んでもらうのは初めてでした。ほんとうは一度直接会って話して感じをみてからと思っていましたが、この女性は雰囲気や言葉使いもしっかりとしていたし、困っていたので電話だけの会話で決めてしまったのです。

翌日、大きな荷物を抱えてやってきた女性は、一見すると感じが良く、話してみたら日本でも長く仕事に就きちゃんとした大人だったので、ああ、この人なら良かったと思っていました。

ところが数日も経たないうちに幻聴や被害妄想、体調が悪いと言いだし、一歩も外に出たがらず、眠れないと言い夜中もずっと起きているのです。今回は、我が家をシェアーするレントで食事は込みではないので、台所の使い方を説明したり、近くのスーパーなどを教えてあげたりしたのですが、外に一歩も行きたがりません。

それでも、食事の際に自分が一人で食べるのも気まづくて、ついつい体調が良くなるまでならと食事も作ってあげていました。

それでも、2週間ずっと食事を世話したり、夜中に眠れないからとおこされたり、夜中、緊急に連れて行って!と叫び出し、私の友達に頼んで緊急に行ってもらい朝の4時まで待たされるということが起きたのです。

挙句の果ては、部屋を散らかしたまま荷物すべてを家に置き去り、とつぜん姿を消してしまいました。どうしたものかと思っていたら、空港近辺のホテルにいて、今から日本に帰ると言うのです。「荷物はどうするの?お願いだから荷物だけ取りに来て!」と頼むと、「また取りに戻ります、レント*家賃も払いますから」と言い帰国してしまいました。

この時は、目が点に・・・テレビのドラマであるまいし、こんなことが実社会で起こっていいの?と愕然としました。

数か月間のメールでの交渉後、この女性は、ごくごくふつうに何もなかったように荷物を取りに戻ってきました。もちろん、レントは振り込まれていません。

統合失調症と診断を受けて薬を飲みだしたと話していましたが、一見するとふつうに戻っていました。でも薬は嫌いだから、医者の許可なしにだんだん減らしている、親にはすぐに帰国すると言って来たけどこのままシドニーで仕事を探して残るなどなど、耳を疑うようなことばかりを言っていました。

すべてを病のせいにしてしまうのはどうなのでしょうか?ご両親や家族は、どこまで彼女の病状に責任を持つのでしょうか?30歳でも自分の行いに責任が持てないのなら、家族がなんらかの防御をするべきなのではないでしょうか?

すぐに人を信じて誰にでも親切にしてしまう私の性格への警告だったのでしょうか?

どうも腑に落ちないこの女性との出会いは、人に親切にするなら相手を選ばないと!と神様から言われているかのようでした。

つづく

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食品模型の生みの親のひとり岩崎氏の生誕121年を記念して、Googleのロゴがとっても可愛い和食文字に?!

 

今朝、PCを開けたらGoogleのロゴが和食のおもちゃ?みたいでちょっと気になりいろいろと調べてみました。

Googleのロゴがおもしろく変わるのは皆さまご存知ですよね。今度はどんなロゴだろうと楽しみにしている人も多いと思われます。

これらはDoodlesと呼ばれ、たとえば感謝祭ならターキーのお料理、クリスマスならツリーやサンタなど、ホリデーをお祝いしたり、歴史の先駆者をはじめ映画界、芸術や科学などの著名人の生誕を記念したりしてデザインが決められるようです。

Doodleを訳すと「いたずら書き」、まさしくデザインの遊び心をそのままにロゴにした感じです

今回のDoodleは、日本の食品模型の生みの親である岩崎瀧三氏の生誕121周年をお祝いして和食サンプルがロゴに選ばれました。

天丼・天ぷら蕎麦・オムレツ・お弁当箱・クリームソーダ・ホットケーキが並べられて、ちょっとGoogleって読みにくいかな!というものですが、とっても可愛いからモンクなしです。
今回は、オーストラリア・ハンガリー・アイスランド・インドネシア・日本・ポルトガル・シンガポール・韓国・スエーデン・台湾の国々のGoogleのページでこのロゴが使われているようです

この生誕121周年をお祝いする岐阜県郡上八幡出身の実業家岩崎瀧三氏は、当時流行りだしていた食品模型の事業化に初めて成功した人であり、奥さんの作ったオムレツが最初の模型作品だったそう。
食品模型の発祥は、岩崎氏以外に白木屋の飲食物の見本を作った須藤勉氏や京都にある模型製造業者の土田氏と西尾氏などがウィキペディアに上げられています。

これらの先駆者によって製作された食品模型は、大正時代から昭和初期にかけて考案された手法であったようで、料理店やレストランに入る前に本物そっくりなメニューが陳列されていたのは当時きっと画期的なアイデアであったことでしょう

日本にいるとお店に入る前に食品サンプルを見るのは当たり前のことですが、海外ではめったに見たことがありません。ここ近年、シドニーでも和食レストラン などではサンプルを見かけることもありますが、まだまだオーストラリアン、イタリアンなど他国籍の料理店では一度も見たことがありません。
通常、黒板やメニューに文字で書かれていますが、読むのが大変というのが本音。

数か月前、イタリアのベニスやフランスのディジョンの小さなレストランに入った時、もちろんメニューはイタリア語かフランス語のみで翻訳機で必死に訳してオーダー。日本で陳列されている模型、せめて写真でもあったらな~とどれだけ思ったことでしょう。

海外から日本に訪れた外国人がレストランの前でサンプルを見てお店や食事を選べるのはとても便利なことです。それにあんなに巧妙にできたサンプルに大いに食欲を誘われるのは言うまでもありませんね。

海外での日本食ブームはずっとつづいていますが、小さな和食のおもちゃをはじめお寿司の消しゴムやキィホルダーなど、まわりの子供達には大人気になってきました。
今後、このサンプル産業が海外に向けて大きく飛躍するのがとても楽しみです

情報源:https://www.google.com/doodles/about

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%A3%9F%E5%93%81%E3%82%B5%E3%83%B3%E3%83%97%E3%83%AB

 

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Facebookに救われた日、セントラル駅で失くしたお財布が戻ってきた!!

ここ最近、シドニーで電車に乗るたびに、多くの乗客のマナーの悪さに閉口していたところ、豪シドニーでもまだまだいい人はいたのですね!とホッと胸をなでおろす出来事が起きました。

 夜にパーティがあり、友達の家で泊まった娘を近くの駅まで迎えに行ったところ、真っ青で泣きそうな顔をして降りてきました。何事かと思いきや・・・なんと 不覚にもお財布を駅か電車に落としたかも?と言うのです。「中味は?」ときくと、クレジットカード、学生証、免許書、オパールカード(日本のSuica ようなカード)おまけに家の鍵まで入っているとのこと

クレジットカードはすぐに連絡して使用を停止したとしても、免許書には住所が載っています。悪い人が拾ったら・・・家に来て鍵を使って忍び込むこともできてしまうかも?!
「え~夜コワイ~、家の鍵を替えないと!」などと、悪いことを考え出したらどんどん恐怖のどん底に落ちていく母と娘でした

「なんで落とすの?」と怒りがこみあげつつ、ここで叱っても解決にはなりません。
落ち込む娘には、「大丈夫よ、シドニーだっていい人がいるんだから。とにかく駅の落とし物係りに連絡しよう!」と言いつつもほぼあきらめ状態の母親でした

困ったときの神頼み!です。「お願いだからどなたか親切な人が拾ってくれますように」と願いつづけ数時間したところ、娘のFacebookのアカウントに見知らぬ人から友達リクエストが届きました。
なんとその見知らぬ人は、セントラル駅の駅員さんでありました

すぐに電話で連絡をしたところ、どなたか親切な人が娘の財布をセントラル駅構内で拾って駅に届けてくれたそうです。駅員さんは、中身をチェックして連絡先をさがしたようですが、免許書や学生証には電話番号は載っていません。
そこで、Facebookを使って名前を探して娘に友達リクエストで連絡してきたのです。
救われたのは娘が自分の名前をアカウント名にしていたことです。

もちろん、娘はすぐにセントラル駅まで取りに行き無事に財布は戻ってきました

この出来事をとおして感じたのは、Facebookの迅速な便利さです。

学生証が入っていたので駅員さんが大学に問い合わせをすれば娘のもとに財布は戻ってきたことでしょう。それでも今日は日曜で大学事務局はあいていなかったし、その過程を考えると、きっと時間を要して眠れない夜がつづいたかもしれません。
お財布を落して数時間で手元に戻ったという結果は、インターネット、Facebookという即効性のある現代社会の利器のおかげでした。

そして、シドニーもまだまだまんざらではありません。こんなに親切な人がいたのは大きな喜びでもあります。
残念なのは、あの広いセントラル駅構内でお財布を拾いわざわず駅員に届けてくれた人がいったい誰かわからないことです。日本なら拾い主などを控えておいてくれそうですが・・・。

この親切だった人がこのブログを読んでいるとは思えませんが、この場を借りてお礼を申し上げます。

ほんとうにありがとうございました

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夢を描いて心にインプットしてください! 夢は必ずかないます! 

年を取るにつれて誕生日を迎えるのが嫌になるという声を聞いたことがありますが、年はさておき、私は誕生日が大好きです。小さい頃は、母親がバター・クリームのケーキ、チラシ寿司やコロッケ、ハンバーグなどを作って、友達を集めてよく誕生会をしたものでした。20代では、当時の会社仲間や友達とレストランやカフェなどでお祝いをしたものです。さすがに、30代や40代になると、子供の誕生日会はちゃんとするのに自分のはわざわざ人を集めてすることもないという感じになり、身近な友達や家族とお祝いをする程度でした。

近年、Facebookのメッセージが加わり、わざわざカードを送らずに「おめでとう」を手軽に交わせるようになり、とても便利な世の中となりました。

今年の誕生日はどんな感じになるかしら? 

半年くらい前に予定帳に書き込んだ「誕生日にしたいことリスト」を見ると、シャンペーン片手にシーフード!夜は寿司!と、色気より食い気とちょっとはずかしいのですが・・・。 

朝そうそうから,仲の良い友達からFBのメッセージが届き、やっぱり誕生日はいいな!とどこかルンルンとなっていました。

そして数日前にとつぜん決まったのですが、ランチは仲の良い友達とダーリング・ハーバーでワイン片手にシーフードとなりました。

シドニーの観光スポットのひとつとして人気のあるダーリング・ハーバーは、小さな湾を囲んで多くのレストラン、お土産屋、カフェやバーが並んでいます。水族館、野生動物園や海洋博物館などもあり観光にはお勧めの場所。それでも地元に居ると、日本から親戚か友達が来たら出かけるくらいの場所でしたが、誕生日のランチにここを選んだのは正解でした。

20数年前、私が初めてシドニーに訪れた時に足を運んだダーリング・ハーバーは、ちょうど建築が出来上がりつつある頃で、広く大きな真っ新な建物には人っ子一人もいない状態でした。その当時の私はシドニーがとても気に入り、いつか住みたい!という夢を持っていました。もちろん、その時は観光ビザで来ていて、その後アメリカに渡ったので、シドニーに住むという夢も薄れかけていたのでした。

でも、今回の誕生日にあの時ダーリング・ハーバーでランチを楽しむことになり、とても不思議な気分になりました。きっと家でお祝いしていたら、こんな大切なことに気づかずにいたのでしょう。それは、夢はちゃんと実現するということです。

そして、夜は、「お寿司が食べたい!」という私の願いを聞いてくれ、娘が夕食に連れて行ってくれました。ランチも夕食も半年前に予定帳に書いたとおりになりました。

夢や願いは必ずかなうときが来ますから、みなさんも夢を大事に持って育ててくださいね。

 

 

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現金のみ! カードが使えないカフェやレストラン?! そんなのありなの?

週末、久しぶりにブルーマウンテンズまでドライブに出かけて来ました。シドニーを訪問したことのある日本の皆様ならご周知のブルーマウンテンズと思われますが、シドニー近郊からだと、車で一時間半、電車で2時間くらいで行けるお手軽なドライビング・スポットです。

通常、一般観光客は、カトゥンバ周辺、スリーシスターズと呼ばれる3つの岩が並んだエコーポイントを訪れますが、ここブルーマウンテンズには、その他にも楽しめる場所が盛りだくさんあり、日帰りのドライブではもったいないような場所でもあるとも言えます。

カトゥンバに到着する前に私のいくつかのお気に入りスポットがあり、まずはウエントワース・フォールズに寄りました。ここはブッシュ・ランドが広がる断崖にいくつかの滝があります。広大な風景と澄んだ美味しい空気には魅了されること間違いなしの場所。

次にルーラと呼ばれるオシャレで可愛い小さな街があり、ここはアンティック・ショップ、アート・ギャラリー、洒落たレストランやカフェが立ち並び、街を散策するだけで楽しくなります。

そして観光地のカトゥンバでランチをすることになりました。街のメインの通りからちょっと奥まったところに、地元の人しか知らないような洒落たカフェを見つけました。ショーウインドーに並んでいるペイストリーやケーキが美味しそうだったので入りました。

今回、旅のガイドになってしまいましたが、今から本題です。

私は鮭のミニ・キッシュ&サラダ、友達はソーセージ・ロール(ソーセージをパイ地に巻かいたもの)、そしてカプチーノを2杯注文しました。味も雰囲気も良かったのですが、いざ支払いになった時にクレジット・カードは扱っていないと言われました。

たまに小さな店で20豪ドル以下(1800円くらい)はクレジットカードを使用できない」というのは聞くことがあるのですが、ええ、こんなちゃんとしたカフェで? 食事の合計は27ドル(約2500円)。この程度のランチにしては少々高め、そんなお店が支払いは現金でしか受け取れないと言うのです。ちょっと目が点に!

カード社会になりつつあり現金はあまり持ち合わせていないご時世。なんとか友達と現金をかき集めて支払い完了となりましたが、友達曰く、最近こういう現金でしか支払えないレストランやカフェが増えているとのこと。現金ならすべての収入が残りません。つまり税金対策ということなのでしょうか?こんなちゃんとしたカフェなのに・・・。

この件でふと思い出したのは、ドッグ・グルーマーをしている友達から最近聞いた話です。

ある店では、多くのワーキング・ホリデーのビザ所持者を雇っていて、賃金はすべて現金支払い。もちろん、犬一匹のシャンプーの料金から察すると、お客様には「カードを使用するな」とは言っていないと思われますが、人件費を現金にすればその税金を支払わずにすみます。また雇用者が負担しなければならないオーストラリアの法律で定められている労災保険、倍賞責任保険、老齢退職金などすべてはどうなっているのでしょうか?

屋台のような小さなお店ならともかく、大きな事業になりつつある店なら、あまりあくどいことはしないほうが良いように思うのは私だけでしょうか?

天気に恵まれて楽しい日帰りドライブでしたが、ちょっと後味の悪いカフェ。次回は違うカフェに行こうっと!

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日本のゴミは大変だ~~! ゴミ処理を考えるならゴミを出さない方法は? 

あけましておめでとうございます。いつもこのブログに立ち寄ってくださる皆様、2015年もよろしくお願いいたします。シドニーに住みながら思いついたことを今年も紹介していきます。(・・・と言いつつ、今回は帰国編です)

帰国するたびにいつも戸惑うことの一つにゴミの仕分けがあります。20数年前日本に住んでいた時はきっとこんなに仕分けも厳しくなく、また当時OLであった私は、勝手口に母がまとめたゴミを捨てに行くぐらいしか手伝いをしていなかったのでしょう。ゴミの仕分けについてはなにも覚えてもいないのです。

両親が高齢化していくこともあり、去年から年に2回帰国をするようになりました。そして、少しでも両親の生活を楽にしようと家の片づけを始めているのですが、前途多難の日々が過ぎるばかり。とにかく物を捨てることができない世代の母親は、「まだ使えるから」、「誰かにあげるから」と言い、せっかく片付けてたものをまたどこかにこっそりと置いておきます。前回の帰国時の掃除で、「これはかならず捨てておいてよ」というものも、半年後に戻り、まだ捨ててないのを発見することもしばしば。

それなら今回は、ちゃんとゴミとして捨てるまでは帰れないと決め、どんなゴミをどの日に出すということを把握しなければいけない!とゴミ仕分け表を見てびっくり。

さすが日本。こんな狭い国土にこんなに多くの人が住んでいるわけですから、ゴミ処理や仕分けは徹底する必然性があるのですね。ただただ感心するばかり。

20数年前、アメリカに住みだした当時、ガーベージ・ディスポーザーと言い、キッチンのシンクの排水溝に生ゴミを砕いてしまう機械を知り、へぇ、こんな便利なものがあるのだと関心しつつ、でもこの汚水処理はどうするの?管はつまらないのかしら?なんて思ったことがありました。こんな便利なものがあるのに、ゴミの仕分けに関しては、まだ今ほどリサイクルらしきものも確立してなく、どのゴミもいっしょに捨てているのを見て目が点になりました。

オーストラリアも同様でゴミ仕分けもあまりなく、15年前に渡豪した当時は、ビンもプラスチックもすべて一緒に捨てていたような記憶があります。

ここ10年は、地球温暖化などの理由からリサイクルの意識が少しづつ根付きはじめたからなのか、やっと仕分けが始まったというような感じでした。それでも、広大な土地がありどこにでも埋め立てできるという安易な考えからなのか?ゴミの処理はほんとうに大ざっぱなのです。

シドニーでは、生ごみや生活一般のゴミは赤いフタのついたゴミ箱に入れて、週に一度出します。新聞・雑誌・ビン・プラスチック類・ガラス類・ペットボトル(俗に言うリサイクル用品)は黄色のフタのゴミ箱に、庭で伐採した木々の枝や刈った芝生などは緑のゴミ箱に入れます。黄色と緑のゴミ箱は一週間置き交互に一回出す仕組みになっています。輪がついてゴロゴロと押して出せる大きなゴミ箱のフタは3種類の色に分けてあり、仕分けはこの3つだけです。どれも家の前に巨大なゴミ箱を出しておけばゴミ招集トラックが取りに来てくれるのでとても楽です。

粗大ごみは3か月に一度、ゴミ箱には入れずに、家の前に出しておくだけですが、ゴミの日の1週間前から外に出して良いことになっているので、程度の良い家具やランプなどは通った人が拾って再利用するということが頻繁に行われています。我が家では、その粗大ゴミに捨てられていた本箱やらアンティークの戸棚を拾って来て、ペンキを塗り使っています。また逆に、我が家が捨てた家具や小物を誰かが拾っていきます。お金持ちの郊外に行くと、ええ、こんなもの捨てるの?という物まで捨ててあり(中には新品も)、この粗大ゴミの時期になるとトラックで拾いに来ている人も多々います。

こんな生活をしている私ですから、日本のゴミの仕分けはとても困難極まりないのです。

しかし、日本のゴミの仕分けがどうしてこんなに複雑なのかは理解できるのですが、どうしても腑に落ちないことがあります。それは、包装紙、贈答品やお菓子などの箱類がとても多いことです。今でこそ、スーパーの袋を持参する傾向にはなりましたが、どうして贈答用の箱はあのままなのでしょうか?

もちろん日本人の贈り物の文化もわかります。お返し、引き出物をはじめお歳暮やお中元はすべて箱に入れないと見た目が悪いですよね。でも簡単なタオル、海苔、洗剤などの詰め合わせなどすべてを箱入れにする必要があるのでしょうか?

デパートでお饅頭を買えば丁寧に包装紙に包んでくれます。あの紙は無駄なような気がするのですが・・・。

な~んて考えている時間があったら、家の片づけをしないといけませんね。帰国を来週にせまり、今から古くて錆びて使えなくなった傘を分解してみます。手元はプラスチック、骨は金属、布は???? ひゃああ~~~大変だ!!!

 

 

 

 

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今どきの子供の誕生日会? プレゼントに注文をつける親たち?! 

最近、子供の誕生日会について、驚くような話を2つ耳にしました。といっても、別にこれがシドニーで流行っているわけではないのですが、こういうのもありなんだという、発見のような疑問のような感じで紹介します。

まず、ひとつは、友達が自分の子供の友達の誕生日会に招待されたときに、主催者(オーストラリア人の夫婦)からプレゼントに関して告知があったそうです。それは、自分の子供への誕生日のプレゼントを持ってきてもらう代わりに、医療団体にお金を寄付してくださいというもの。そこの娘さんの体はとても弱く病院に行く機会が多く、いかに医療費が高いかということを親は実感していて、たとえ少額でも医療費に困っている親や子供を助けようという思いから、このアイデアに至ったようです。

しかし、子供の誕生日プレゼントなら、いくらくらいか見当はつきますが、寄付ならいくら? 迷った友達は、最初は15ドルくらいと思っていたそうでしたが、「医療団体への寄付だからな」と思い、もっと大目に渡したようでした。

この話を聞いたとき、なんて素晴らしいアイデアだと思いましたが、この話にはちょっと疑問がわくようなオチがあります。

なんと、誕生会に参加した子供の親、つまり寄付をした人の名前と金額がリストにされて、パーティで公表されたと言うのです。

日本の神社で寄付の名前と金額が載ってたりしますが・・・・ちょっと違うか??

そのリストで15ドルが最低額だったと知った友達は、大目に持っていって良かったとホッとしたそうですが、私は、その額と名前を公表した親に対して疑問を感じます。

寄付というのは、渡す側の気持ちであり、慈善行為であります。合計金額を公表するのなら理解できますが、名前と金額をリストアップするのは間違っているのではないでしょうか? まあ、さっぱりしたオーストラリア人は、自分の額がどれだけであろうと気にしないのかもしれませんが、もし自分が最下位ならあまり気分の良いものではないですよね。

もうひとつの誕生日会は、知り合いの夫婦から息子さんの誕生日会の招待状をいただき、見てびっくり。

まず、「料理は自分達で用意するから、飲みものは各自で持参してきてください」とありました。子供は一歳、そんな誕生会でお酒を飲むわけもないのに、ソフトドリンクくらいならお祝いに来る人に用意しないの?というのが正直な感想。そして、もうひとつは、「我が家には、すでに玩具や子供用品はいっぱいあるので、プレゼントは一切不要。その代り、彼の将来のために貯金をしたいのでお金をお願いします」とあったのです。

結婚式や出産のプレゼントの際は、自分たちの欲しいものや必要なものをお店に登録して、お祝いをしたい人が、その店に行き買うというシステムはよくありますが、1歳の子供の誕生日に玩具や子供用品ではなく、お金をお願いするというケースは初めてでした。

もちろん、いらない玩具や洋服をもらって無駄にするよりは、合理的と言えば合理的ですが、ここまで来ると、「いったい誕生日会って、なんでするの?」というの疑問が湧いてきます。

誕生日会は、子供が一年一年無事に成長して大きくなっていく過程の節目に、親、家族や友達が集まってお祝いをするものです。親であるパーティを主催する側が食事や飲み物を用意してお祝いに来てくれる人をもてなせばいいのであり、持ってきてもらう贈り物に注文をつけるのはどうかと思うのですが・・・

もしかしたら私の考え方が古くって、これが今の風潮なのでしょうか? なんだか疑問が残る今どきの誕生日会談話でした。

 

 

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セプテンバーガールズ、シドニー流?母と娘の誕生日の祝い方!

私のまわりには不思議なくらい9月生まれが多く、先月は「おめでとう」メールやプレゼントの買い物やらで大忙しでした。ちなみに自分と娘もセプテンバー・ガール、この忙しさは自分達の分も入っていたのですが、すべてが終わりホッとしたところです。

まず、私の誕生日の娘からのプレゼントは、ダブル・デライトという名前を持つ美しいバラ。どうしてデライト(楽しみ)がダブルなのかというと、最初の蕾は真っ白で、白いバラかな?と思いきや、花が開いていくごとに花びらの先がピンクから赤に変わっていくという不思議な品種のバラなのです。神秘的な美しさはずっと見ていても飽きることなく、香りもまるで香水のよう。

誕生日というと一般的に花束を想像しますが、花束はきっと他の人からもらうと思ったのか?娘はわざわざシドニー市場に行ってバラの苗木を買って来ました。わりと大き目の鉢だったので、いったいどうやって運んだのかしら?と思えましたが、バラ好きの私への優しい思いと、花の美しさと香りがとても心に沁みていき、どんな高価なジュエリーよりも嬉しいプレゼントとなりました。

そして、「マム、何が食べたい?私が招待するから」とレストランも予約してくれました。娘は今年から大学生になりましたが、一年の半分は夜のクラスを取りつつインターンシップの会社で働きはじめ、お給料がもらえるようになりました。初月給でどこかに食べに連れていってくれると言っていたのですが、忙しい日々を過ごす中、そんな機会も持てずにいたのです。

春なのにまだ冷たい風の吹き荒れる誕生日の夜、ワクワクして2人でバスに乗り込みシドニーの中心街に向かいました。そして食事の前に娘は自慢気に大学の構内を案内してくれました。いつまでも子供と思っていた娘も大人の仲間入りをしているのだとつくづくと感じた夜。その後行った先はタイ料理のレストラン。多国籍文化の集中するシドニーならではの本格派タイ料理は美味しく、また娘の招待、とても感慨深いものがありました。

そして次に娘の誕生日を迎え、私はチラシ寿司や和食を作り、近所のフレンチ・ベーカリーからケーキを買ってお祝いしました。実はこのチラシ寿司は私の母の定番。私の子供時代の誕生日には母が必ずチラシ寿司とコロッケやらハンバーグ、ケーキを作ってくれたのです。小さい頃のその思い出が忘れられなく今では自分が作る側。今更ながら自分が受けてきた母親の熱い愛情を感じました。

19年前、予定日を大幅に過ぎ難産の末、娘はLAで生まれました。あの時の娘がこんなに成長したんだと思うと、19年間の大変だったことよりも嬉しさと幸せな感覚で胸が一杯になります。

子育ては先の見えない長い道のりです。でも親が一生懸命に真の愛を与えつづけ、清らかで正しい姿を見せていけば、子供は親や社会を裏切りません。そしてその愛情を自分達の子供に与えることを学んでいくのではないでしょうか? 

きっと誕生日は家族や友の愛情を再認識する良い日なのかもしれません。

 

 

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3時間のシンデレラ! NSW ArtGallery能と狂言の特別展に着物でお出かけ

スーパーフルムーンの翌日、シドニーは今年一番の冷え込みに・・・といっても最低気温は56℃、日中は14℃くらいまで上がるので日本の冬ほど寒くはないのですが、乾燥して風が強い日は体感温度がぐっと下がります。そんな寒い日がつづく中、NSW州立美術館、能と狂言の特別展に仲の良い友達と着物を着て出かけました。

20128月に上坂雪佳特別展があったときに、日本からお琴と三味線のお師匠さんに来ていただきコンサートに至った話はこのブログでも紹介しましたが、同美術館では数年に一度くらい日本美術に関する催しがあります。

会場に着くと小中高の学生の遠足、能と狂言の特別展以外に他の展示会を見に来ている人でごった返していました。まずクロークで毛皮の首巻をあずけるとき、またインド系の係り員の男性がニコニコ顔で「美しいですね」と感心顔に、そしてインフォメーションで友達を待っている間、美術館関係者や見に来ている人々がやはりニコニコ顔で話かけてきたり、写真を撮ってもいいか?と囲んできたり、ひゃ~~こんなに目立つの?と、ちょっと嬉しくなりました。

さらに、何人もの人が「あの特別展で踊るのか?」と言い出し、いやああ、「能は踊りません、見に来ただけです」と苦笑シーンもちらほら登場。

やはり、シドニーでは珍しい着物を着ていた私達は注目の的。もちろん、皆さんは着物の美しさに見惚れ賛美の言葉をかけてくれたのですが、美しいと褒められれば誰でも嬉しくなりますよね。まったく単純な私はシンデレラ気分に!

日本では着物姿をあまり見なくなったとは言え、そんなに珍しいものではなく、着物姿であろうがまわりの人から美しいとあまり言われることもないでしょう。しかし、ここシドニーではとても人目を引きます。さらに、美と珍しさというのはニコニコ顔効果を引き出すようで、誰もが嬉しそうにニコニコとスマイルで寄って来てくれ、まるでミニ日豪親善をしているようで楽しかったのです。

肝心の特別展では、日本語の美術館ツアーをしているカオルさんの時間が空き、私達2人のために特別展のツアーをしてくれました。能も狂言も詳しいことは何も知らなかったので、彼女のプライベートツアーはとてもラッキー、また多くのことを学ぶことができました。

賛美を浴び、能と狂言の美しさと深さに感動、美術館をあとにして、館の前、ドメイン公園にあるカフェでランチにしました。緑の芝生を前にして巨大なフィグツリーに囲まれた美しい公園内にあるカフェはお気に入りの場所です。なんとそこで働いていた明るい長崎出身の日本人女性と出会いまたまた会話が弾みました。

彼女が食べ物を運んで来たとき、横に座っていたオージーの男性グループに「日本の着物どう?こんな奇麗な女性が横に座っているでしょ?」と大声でいい、彼らも「もちろん、もちろん美しいです」と言わざるを得ない感じに・・・笑いの渦に。

日頃、仕事や家事に追われこんなのんびりとした時間を過ごす機会もありませんが、少々大変でも着物を着て出かけて良かったなと思いました。

日本から離れて数十年経ってもまだまだ心は日本人なのでしょうか、着物を着るとシャキッと背筋を正して気分が良くなり、誇れる文化を持つ国、日本人で良かったな!と感じます。もちろん、まわりの賛美も嬉しいばかり、ちょっと止められない着物お出かけです。次回はどこに行きましょう?

 

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