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ランナーズ免許取得!   母と娘に圧し掛かる120時間の厚い壁     In Sydney

オーストラリアでは16歳になるとLライセンス(ランナーズ免許)の試験を受けることができる。筆記試験に受かった後、一般道路で120時間運転することが義務付けられており一年後の17歳の誕生日に実技の試験を受けることができる。この国には日本のような自動車教習所はあまりなく、まわりの普通免許を所持している人が助手席に乗り教える仕組みである。

娘は16歳の誕生日にすぐにランナーズ免許に挑戦した。その時私は16歳という年齢が運転をするのに若すぎるのではないのか?という疑問と不安はあったが止めることも出来きず、もちろん私が娘の120時間運転練習の教官になる。

まず最初に120時間と聞いたときはものすごい重圧感が押し寄せ娘の横に座るたびに苦痛でもあった。すごく朝早起きをしてできるだけ車がまわりにいない時間帯ばかりを選び、道路も近所ばかりを練習するようにしていた。

そんな折り、日本でいうJAFのような道路サービスすべてを請け負う会社がオーストラリアにもあり、その会社(NRMA)のサービスの一つに仮免許を取得したドライバーに無料で一時間プロの教官がついてくれるものがあることを聞く。ここ数年、ランナーズ免許の次に取得するPドライバー(仮免許)による事故が多発しており、オーストラリア政府はこの防止策としてこのサービスを始めたようだ。

そのプロ教官の1時間は120時間の3時間分に数えられ、またドライバーのみならず、ドライバーに120時間教える人(通常家族や友達)も同乗して運転教授法も学べるというものである。

娘の運転練習10時間が過ぎた頃、この無料運転レッスンを予約することに決め土曜の2時、親子二人は緊張しつつもルンルンとして教習車を待ったのだ。

現れた教官はイギリスから2年前に来たばかりのすごい英国訛りの英語を話す人であった。彼は英国ではベスト教習官でありオーストラリア政府から呼ばれて来ているそうで、彼のユーモアある教え方や落ち着いた態度は娘とわたしの緊張をずぐにほぐしてくれた。

最初説明の後、先生が娘に何を練習したいか?と聞き、娘はまだ一度も練習したことのなかった車線変更を選んだ。通勤ラッシュの際は自分もあまり走らないようにしているシドニーでは主要道路にあたるビクトリア・ロードがある。先生はその道を走ろうと勧めた。

えっ、いきなりビクトリア・ロードと私は驚いたが、娘は私とはなかなかできない機会だとばかりにすかさずYes!!!と言い走り出していたが、私の心臓はドキドキし始めていた。

この日のビクトリア・ロードは土曜の午後の渋滞で3車線がトロトロと動く場面も数箇所あった。この道路の特徴としては、左にバス専用レーンあり、2車線が3車線になったり、4車線のうち2車線は右折のみレーンがあるなどと走りにくい。道をしらなければちょっと疲れる通りである。

親子で緊張空気が漂っていたが、落ち着いた先生の指導のもと、娘が始めて車線変更をした時は後部席で思わず拍手をしてしまった。先生も良くやった!といっしょに拍手。ここから自信をつけた娘はスムーズに無事に1時間走行を終了したのだ。

教える側への今後の注意点としては、いろんな道や時間帯、天候状況、違った条件を走行することを選ぶように言われた。また不安や心配なつきものの私へは、「今日はビーチに行こう!などと2人で地図を広げて新しい場所を開拓していけば120時間がもっと楽しみとなるでしょう。」この言葉を聞き、ストレスになりつつあった運転練習への見方が一変した。

英国から来た超プロの教えを得て少し自信のついた運転手予備軍と教官予備軍が登場した。あと106時間、親子で笑いと喧嘩をしながら嵐や雨の中でも走行することであろう。

さあ、今度はマンリーあたりにでも行こう!と地図を広げる2人である。

 

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