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2012年8月

徒然なるままに南十字星の独り言   疲れる人間関係をどう生き残るか?

皆さんはまわりに居る人や会話している人の思いや考えが伝わるのを感じたことがありますか?

もともと神経過敏な自分はまわりの人の考えていることの概要を読めるときがある。それは相手の顔や表情からの時もあるが、音で聴こえるわけではなく、まったくの感覚でありフワ~としたものが伝わってくる。怒りであったり喜びであったり状況により様々であり、それを無視するか感じ取り汲み取るかは自分しだいである。

一つ困ったことにお節介で人が困っているとほっておけないという性格と乙女座の完ぺき主義が手伝い、読み取ったものに対してつい応えようとしてしまう。

仕事をして行く上で、自分の性格や行動に上手くブレーキがかけれればいいが、なかなかできないのが常であり、結果的にストレスとなり心身の疲れに直結してしまうことも多々ある。

数ヶ月前、ある仕事に就いたとき異常に疲れ果ててしまい夜は眠れず胃痛が始まった。

馬鹿みたいにサービス精神があり、クライアントの全てを満足させてあげたいという思いで仕事をつづけたのだが、それでは身体がもたない。そればかりか、わたしの思いや動きに賛同してくれる人ばかりではなく、やり過ぎだ!などと同僚からの冷たい言葉と態度を受けた。要領良く仕事をやってきた人からみれば、手の抜き方を知らない自分は単なる「出る杭は打たれる」状態なのである。

これまたダブルパンチをくらったような思いとなる。

仕事は無事にこなしたものの、終わった時点でもうこんな仕事は2度としたくない!と思う始末。これではこの仕事で行き残ることが不可能となってしまうのだ。

生まれながらに持っているもの、生きて行く上で培った性格や思い癖を直していくのは至難な業である。

100%まわりを満足させることは不可能であり、十人十色、自分と同じ様に考えて行動する人ばかりではない!と思っていたほうが無難なのであろうか?

やはり自分はマザー・テレサのようにはなれないのか?とため息がでる。

大好きなマザー・テレサの言葉の一つ (一部略)を紹介したい。

 

人は不合理・非合理・利己的です

気にすることなく人を愛しなさい

あなたが善を行うと 利己的な目的でそれをしたと言われるでしょう

気にすることなく善を行いなさい

目的を達成しようとする時 邪魔立てする人に出会うでしょう

気にすることなくやり遂げなさい

良い行いをしても おそらく次の日には忘れられるでしょう

気にする事なく善を行いつつづけなさい

あなたの正直さと誠実さとがあなたを傷つけるでしょう

気にすることなく正直で誠実でありつづけなさい

助けた相手から恩知らずのような仕打ちを受けるでしょう

気にすることなく助けつづけなさい

あなたの中の最良のものを世に与えつづけなさい

蹴り返されるかもしれません

気にすることなく最良のものを与えつづけなさい

気にすることなく最良のものを与えつづけなさい

 

ここまで達することができればストレスや胃痛も何もなくなるのであろう。まだまだ修行が足らないと感じる今日この頃である。

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映画’シャイン‘でお馴染みDavid Helfgott 天才ピアニスト コンサート at Angel Place

昨日丸一日サザリー(Southerly:南半球で吹き荒れる突風と嵐)と呼ばれる強風が吹き荒れ、街中大混乱となった。3万世帯が停電となり、最高瞬間風速が100kmに達したサザリーはマンリーにある学校の屋根まで吹き飛ばしてしまった。

我が家は夕食の支度中に停電となり慌てて蝋燭に火を灯しガスコンロで中華風肉団子を作り終えた後、娘がお稽古事、わたしはコンサートに行く予定であり、一歩外に出ると木々が倒れ信号も切れてパニック状態であった。

しかし強風には負けていられない、目指す会場はシドニーのマーティンプレイスの側にあるエンジェル・プレイスというコンサート・ホール。第69回アカデミー賞で多くの賞を獲得した映画‘シャイン’の実在人物、デビット・ヘルフゴットのコンサートへ向ったからだ。‘シャイン’は大好きな映画であり、ぜひともディビットの生の演奏を聴きたく胸をはずませて出かけたのである。

前半は彼のソロでバッハの Italian Concertoとベートーベンの Sonata Op.57 "TheAppassionata"、後半は映画でお馴染みの曲ラフマニノフ、ピアノ協奏曲第三番をメトロポリタン交響楽団と協演した。

会場にひょこひょことスキップするように飛んで登場するディビットは可愛いおじさまという形容がぴったりである。聴衆に手を振り両親指を前に差し出して「Good!!!」をいいつづける。

私の席は3階であったが、(購入時高い席と安い席がすでに売りきれ)交響楽団も彼のピアノもすべてみえた。ゴツゴツとした愛着のある指が鍵盤をすべるように動き、まるでマジックのような感じであった。彼のピアノには楽譜が置いてなかったから2時間弱の演奏はすべて頭にインプットされていたのであろう。

彼の自叙伝を少しさかのぼってみたい。

小さい頃からピアノの才能を発揮、19歳でロンドンに渡り、王立音楽学校の先生からは「過去25年で最も優秀な生徒であり、技術面と気短な性格はホロウィッツ(ピアニスト)に似ている」と言われた天才児であった。

その後ロンドンで数々の賞を受賞し続けたが、学校最後の年に、ディビットは情緒不安定、精神興蓄性を悪化、彼の尊敬するパース出身の作家キャサリン(Katharine Susannah Prichard)の死がさらに精神的な打撃に拍車をかけてしまう。天才であるがゆえの悲劇ともいえよう。

しかしパースのワイン・バー(ディビットは毎土曜にそこでピアノの腕前を披露)のオーナーや素晴らしい女性と出会い、その後彼は幸福な人生を歩んでいくのである。

交響楽団との協演の際は、指揮者が彼の番になると優しく子供に語りかけるように顔を向け指揮をする。また彼もニコニコと椅子にチョコンと座りたまに聴衆に手を振りつつじっと弾くパートを待っている。彼の背中がとても愛らしく思えた。

大好きなラフマニノフのピースが終わったときは感動で胸がいっぱいになった。大喝采を浴び興奮気味の彼は交響楽団の人々にキスやハグを繰り返し何度も何度もステージに戻って溢れんばかりの笑顔をみせてくれた。残念だったのはアンコールが一回もなかったことだ。

私と同様にディビットの大ファンである友達は2年前コンサートに来ており、その時の演奏は彼のソロのみであり、アンコールを受け何度も彼は演奏したそうである。

純粋な彼にとり10時きっかりに演奏を終えなければいけないなんて頭の片隅にもないのであろう。ピアノを通じて会場と彼が一体となる感動を簡単に止めるのは至難の業かもしれない。昨夜は、指揮者に押されて会場を去る彼の背中が、「もっと演奏したいのに!」と言っているようであった。

人間業を超えたピアノの美しさと彼の純粋な人柄を感じるコンサートで私の嵐のシドニーは幕を閉じた。外は都会の喧騒、木枯らしがまだ吹き荒れていたが心はホカホカになり家路についた。Thank you、David!!!

 

 

http://www.davidhelfgott.com/biography/

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ホームステイ・海外生活の悩み相談役  高校生から元気をもらった日々! 

ここ1ヵ月半ほど、多くの人々と接しその渦中にもまれて時間を過ごした。今日やっと落ち着き、このブログが書ける状態になった。

仕事は日本から英語研修に来ている高校生や大学生のお世話をすることであった。毎朝、地元の高校や大学に出勤して生徒のホームステイ先での問題ごとやシドニーでの生活に対する不安を解消していくのが私の役目であった。

最近は修学旅行とは別に海外英語プログラムでシドニーに滞在、オーストラリア人家庭にホームステイをして学校に通い授業を受ける学生がとても増えている。特に日本が夏休みになるこの時期、ここシドニーの留学エージェントは大忙しとなるのである。

生徒さんは日本を夜発ち朝一番で到着する。ミニシドニー観光の後、こちらでの生活、学校へ公共の交通機関を使って通う方法などのオリエンテーションがあり、ステイ先の家族と対面し、家族に連れられて行くパターンとなっている。飛行機で眠れない生徒さんがほとんどで、家族との対面の頃には緊張で顔が引きつっている状態であった。

私がお世話した学生さんほとんど海外は初めてであり、もちろん外国人の家庭で生活するのも初めてである。英語の不安ばかりか文化や習慣の違いは大きいから慣れるまでは驚くことがいっぱいあると思われるた。

最初の数日は、通学で迷ったり降り場がわからず途方にくれる生徒が多々いた。シドニーの電車やバスの運行状態は日本に比べ途上国である。バスは市バス以外に他に路線があり切符も違う。ここ最近、市バス、電車、フェリー、トラムが乗れるマルチパスがでた。それまでは乗り換えのたびに違うチケットを買ったりしてとにかく不便であった。またバスに関しては新しい急行バス以外は、降り場のアナウンスは一切無い。この辺りかな?と目印を覚えなければ乗り過ごすのは日常茶飯事である。また郊外にでれば、似たようなレンガ造りの家ばかりであるからさらに降り場の目安を見つけるのが困難となる。

自分でさえここに来たばかりの頃にバスに乗るのは不安であったのだ。

「うちの家族はお父さんが一人でTVの前で食事、子供と自分はダイニングルームで食事ですが、これって普通ですか?」「お行儀悪いわよね、普通ではないけどそういう家庭もいるから。」

「朝、簡単なコーンフレークしか出ませんが、これではお腹が空きます。」

「フルーツをもらったり、トーストが食べたいとステイ先のお母さんにきいてみてね。」

「どうも家族構成がわからず、よく出入りしている男性がいるけど、いったい誰なんだろう?」「もしかしたら、離婚した元旦那さんかもね。」(数日後、元旦那さんであることがわかった)

「こういう時は英語でなんと言うのですか?」

通学に慣れ始めると、各家族との生活のあり方の質問や英語会話の説明がほとんどとなっていった。

日本では当たり前のことがここでは当たり前ではない。特に生活が便利な日本、また家族構成がはっきりしている家庭で育っている生徒さんには目が点になるようなことも多くあったであろう。どんなに小さなことでも、いろんなこと全てが生徒さんの学びとなっていくようであった。

生徒さん全ての名前をおぼえるのは無理であったが、毎朝みんなの元気そうな顔を見るとほっとした。こちらは冬であり、朝早くから寒い中、点呼を取ったりと長時間にわたる仕事は疲れたが、目をキラキラさせて真剣に私の話しを聞いてくれたみんなと過ごせた時間は貴重であった。また自分では慣れてしまっていることが、日本人の若い子からみたら不思議になるという視点がおもしろかった。

みんなとてもなついてくれたので、お別れはとても悲しい。数週間ではあったが、少しでも自分の海外経験からみんなが何かを学び良い思い出の一部になってくれていることを望むばかりである。

 

 

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