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2012年6月

オーストラリア人の東洋への憧れ 日本文化の美を実感した夜

NSW州立美術館で神坂雪桂特別展が開催されている。そのイベント・コンサートの一つをコーディネイトした関係でオープニングに招待された。公式なオープニングであり、日本からは足立美術館の足立氏や著名な日本人芸術家も来ており、きちんと着ることができるかな?という躊躇いが少しあったが、せっかくの機会だから着物で行くことにした。

日本では、冠婚葬祭をはじめ夏は浴衣、普段から違和感無く着物を着れるが、シドニーでは一般人として着物を着る機会があまりない。

もともと普通のオーストラリアンはビジネスや冠婚葬祭ではない限りラフな服装がほとんどである。オペラハウスや劇場での聴衆者も正装をしていく人は少ないように感じる。

私自身、過去、友達の結婚式や個展のオープニングの時に着たくらいである。いつももっと着る機会があればいいのにと思っていたので、今回は心が弾んだ。

元美容師の友達に頼んで髪を結いお化粧をしてもらい、着付けは、娘の手を借りなんとか自分で着込む。必死に車に乗り込み、シティのビル群の夜景が美しく灯り始めるのを横目に渋滞をぬけて美術館に無事到着。

しかし、自己流で着てきた着物であるし、車に乗ったので着崩れしていないかと不安になり、誰か着物を着ている人はいないか、着付けを知っていそうな日本人はいないかと会場入り口付近で探してみた。

何人か日本人女性を見かけたが皆さん洋服であり、いきなりお願いするのも気がひけた。すると運良く着物姿の女性が一人入ってきた。挨拶をして「これで大丈夫でしょうか?」とみてもらうことにした。

なんと運良く、彼女は裏千家のお茶の先生であり、もちろん着物姿も美しく着慣れており粋で素敵な女性であった。彼女から、「大丈夫よ!ちゃんと着てる。」と一言お言葉をいただきホッと安堵した。

オージーが8割ほど、日本人らしき人は2割くらい、総勢数百人いたゲストの中で着物を着ていたのは女性三人と画家の男性一人だけであった。

おもしろいのはオーストラリア人の反応であった。やはり歴史が浅くこれといった世界に誇る文化もあまりない。(アボリジナル文化以外)その上に他民族文化が入り込み、文化が散漫しているようなオーストラリア人にとり、着物はとても珍しく、また日本文化への憧れのような思いを持つ人々が多いのであろう。どうやって帯を巻くのか?素材は何ですか?などときかれるともに賛美の声を多くかけられた。

日本を離れて20年経っても、わたしの心やアイデンティティは日本人なのである。

日本が誇る文化の一つである着物を多くのオーストラリアンに披露できた喜びと、温かく迎えてくれた人々に感謝である。

感謝と言えば、日本から来ていた若い画家の男性が「着物を着てくださってありがとうございます。」と言ってくれた。おまけに彼からお土産として京都の干菓子をいただいた。日本では活躍されている画家なのに、気さくに優しい声をかけてくださり、また珍しい貴重な和菓子をいただきとても嬉しく、頑張って着物を着てきた甲斐があったと思えた。

着物をリフォームしたワンピースや上着はたまに着ているが、これからはもっと自信を持って着物を着てシドニー界隈に出掛けていこうと密かに決めた日となった。

NSW州立美術館 神坂雪桂特別展622日~8262012

 

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その時はツイテイナイと感じても 災難があり何かが救われる時もある!!

どうしてこんな時にこんなことが起こるの?なんてついていない!と思えるようなことが突然起こる。

昨日、3時に人と合う用事があり2時半頃駐車場から車を出した。その時になにやら変な音がする。まさか?と思い、車から降りてタイヤを見ると、ほとんど空気が抜けていた。さらによくみると大きな釘がささっている。

もう、どうして釘が?いつ踏んだの?と怒りがクツクツと湧き出したが、怒っても仕方がない。約束の人に連絡を取り予約日を変えて、冷静になりタイヤ交換の準備をした。が!!!ホイルカバーもはずすのに必死、そしてナットが固くて固くて、自分ではずずのは不可能であった。そしてNRMA(会員制のロードサービス)に電話をした。通常だいたい1時間以内で来てくれる。

すると駐車場で待っている間、テレストラのお兄さんが大きな道具箱を持ち歩いてくる。建物に設置されている配線ボックスを探していた。

*テレストラとはオーストラリアの半国営の電話会社である

これはチャンスとばかりに「我が家の電話線が壊れてここ一週間以上電話が使えない」と話した。もちろん彼は私が数回テレストラに連絡を取ったので来てくれたのだが、前回直した時は外の配線盤だけ調べて、家の中までは調べてくれなかった。だから今回も外の配線チェックだけの予定でいたようだ。

我が家は古いレンガ造りのタウンハウスを借りているが電話配線も老朽化なのか、ひどい雑音とインターネットもしょっちゅう切れる。それでもしっかりと料金は取られているのだ。

配線ボックスが見つからず、ギリシャ系のお兄さんは少々怒り始めていたが、なにも調べずに帰られては困る。どうせNRMAを待っているだけだから私もいっしょになって探すことにした。建物の周りをグルグルして10分ほどでやっと見つかり、お兄さんは外の配線には異常がないと言う。

ということは、我が家内の配線に問題があるようだ。テレストラに電話して言われていたことは、「外の配線の故障の修理は無料であるが、もし原因が家の配線なら120ドルかかる」であった。

おそるおそる「もし家の電話線とかを調べてもらったら別料金になってしまうの?」と彼に近寄った。パンクに合って途方にくれている人をほっておけない!と思ったのか、お兄さんは、「いいよ、調べるだけ、みてあげるよ。」と優しく言ってくれたのだ。

そして彼は、彼の仕事以外のことまで無料で調べて直してくれたのだ。

後で聞いたのだが、彼は翌日ここに来る予定であったがなぜか昨日来たそうだ。また私はタイヤがパンクしていなければ駐車場には居なかったし、外出していれば、彼は外の配線だけチェックして帰っていったのである。

あの釘のおかげでいつも悩まされていた電話線が回復した。

日常生活には、こういう小さな災難事が繰り返してやってくる。でも後でよく考えると、実はそれによって救われることもあるのである。一つ一つ、たとえ小さな出来事でもなかなか深い意味があるものだと感じさせれた一日であった。

 

 

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オーストラリアで地震! M5.3がヴィクトリア州一部を襲う

‘昨夜(619日夜9時)南東ヴィクトリア州で1982年以来最大規模の地震が発生した。震源地はわずか地下10kmであり、余震は最大でM3.5をはじめ40回ほど起きている。’

ニュージーランドが地震大国であるのは皆さまご存知であろうが、オーストラリアで地震発生?!というのは意外かもしれない。私自身、14Sydneyに住んでいるが一度も地震を経験したことがない。

しかし、この地域の地震専門家や(Victoria州)大学教授によると、

‘去年7月にM4.5の地震が起き、その後400の余震が起きつづけ、今年3月にはM4.6の地震が2回起きている。’

規模は小さいがこんなに頻繁に起きていたのか!と驚いてしまった。

今回の地震による被害は、今のところ家の壁の亀裂、車庫が壊れる、お店の陳列棚から商品が落ちるくらいであり、怪我人の報告はでていない。たまたま運悪く、地震が起きたときに梯子に乗っていた人が落ちて救急車で運ばれたくらいである。ただ震源地が浅かったので、体感が非常に強く、また地震を初めて経験した人もいて、彼らのショックは大きかったようである。

日本のように昔から地震が多い国は、国民も慣れているし、地震対策や住宅の構造がとてもしっかりしていると思われる。オーストラリアのようにあまり地震が起きず、起きても地域的なものであれば、地震への対策がほとんどゼロであろう。前回のNZの地震の様子をみればよくわかるが、古い煉瓦造りの建物は簡単に崩壊する。ここは古い煉瓦造りの建物がとても多いから要注意である。

心配したり異常に敏感になることは避けなければならないが、ある程度の地震対策教育を子供や国民にしていくことを、オーストラリアは見直す必要があるように感じる。

余談になるが、この地震の記事を調べていたら、おもしろいサイトを見つけた。ここでは世界で起きている地震の情報を載せている。世界中で地震が頻繁に起きているのがよくわかる。

http://earthquakestoday.info/

天災は避けられないが普段から災害への準備をしておくことが大切だ。

情報源:ABC news

 

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予想外の人生もまた乙なもの 心魅かれるチャンスなら躊躇せずに波に乗ろう!

去年の暮れ、日本へ帰国した時に喉にひどい気管支炎を患い夜も眠れないような咳が2ヶ月ほどづついた。やっと治り落ち着いた頃、また4月に無理がたたり1ヶ月ほど同じ病気を繰り返した。こちらで病院にいけば抗生物質しか勧められない。最初に悪くなった時に服用した抗生物資は、それを飲むだけでもっと気分が悪くなるような強い薬でほとほと参っていた。

2012年にはいり半年が過ぎようとしているが、病んでいた時間がながく、思うように仕事も出来ず、とにかくこれではいけないと対策を練ることにした。

もっと自分の抵抗力をあげなければ、自然治癒はどうか?プロポリス(蜂ヤニ)を飲み始めてみた。その他にもヨガ(軽い運動)、ウガイの強化など、なんでも思い当たることは率先してするようにした。

そんな中、ずっと前から気になり時間があれば習いたいと思っていたことがあった。

それは臼井式霊気であった。

ここ数年、スピリチュアル関係の仕事に就き、多くの人々の心身のケアーや癒しをしている女性達と出会う機会に恵まれていた。運よく、その仲間のリーダーは(本職:老人ホームのマッサージ・セラピスト)オーラ・リーディングができる霊気スターであり、彼女から霊気を伝受してもらうことになった。*霊気の詳細は以下のサイトを読んでね

もちろん霊気で癌などの重病を完治することは100%可能ではないが、苦痛を和らげ精神面のサポートをすることができる。まわりの家族や友の病気や痛みを軽減したり、また霊気する側もオーラ調整ができ健全になっていく。

人を助けながら自分の体調も整えていけるなんて夢のような話であった。

霊気を学ぶ上で大切なことは、まず自身の健康はもとより、精神面でのトラウマを解消していくことであった。 無意識のうちに心の奥に潜み積み重なっている過去の傷を癒していくことから始まり、自分の悪い癖のパターンを一つ一つみていった。話していくうちに過去の映像が浮かび、それを追及していく。忘れていたことや、ふと浮かび心痛を感じるほど悲しい出来事に直面して向き合う。すべてを洗い流していく作業がつづいた。

霊気を取得している友達とも練習を始め、娘にしてみると「マミ、ちゃんと出てるよ、温かい!」と喜んでくれ、終わった後はお風呂上りのようなピカピカ顔になる。もちろん自分の慢性疲労感もなくなっていった。

取得終了後間もなかったが、偶然、霊気マスターの主催する心の癒しイベントが開催されることになり参加してみる?と勧められた。ベテランのプロにまざり、まな板の上の鯉の心境で5人の女性に霊気をした。

最初の2人は号泣してしまい、あとの3人は「慢性肩こりが少し楽になったり、フワ~と気分が晴れた」とのことであった。

その人が病んでいたり、弱っている箇所に手を当てるとピリピリする。一人の女性は病んでいる箇所が漢字で頭に浮かんだので、「ここ何か問題ありますか?」と聞くと、そこは彼女のよく病む箇所であった。これらは実際に多くの人を霊気をしてみないとわからないことであり、貴重な初体験であった。

精神面での癒し、身体面でのケアーと個人個人により霊気を受ける際の反応が違い、随時その人に必要なことを私が伝えているような感じがした。

不思議であるが、こうなると楽しくて仕方がない。

子育てが落ち着いた頃、学校に戻り通訳や翻訳関係の勉強をずっとつづけていた。その仕事に進む方向でいたが、仕事の量は定期的にはなくまだまだ少ない、その上病気になり、いったいどうしたものか?と途方にくれた自分がいた。

しかしその病気のおかげでまた新たな人生の方向が少し変ったようである。

長い人生上、予想外のことが突然起こる。大切なことは、機会が与えられたらサインを見逃さないように、その波に乗ることである。波に乗ったら躊躇せずにどんどん流されればいいのである。

 

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AC%E3%82%A4%E3%82%AD 霊気の説明

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