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2012年3月

2012年3月31日アース・アワー 電気を消して時間を過ごしてみては?

2007年シドニーで温暖化防止への助けになるのならと、220万人世帯、2000軒のビジネスが一時間だけ電気を消して、それをアースアワーと名付けた。

その後これが世界に拡がり、去年は135カ国5200以上の市町村で一斉に電気のスイッチを止めてアースアワーに参加した。

シドニー市の中心地のビル群、オペラハウス、ハーバーブリッジなど夜景の素晴らしさは言うまでもないが、このキラキラと輝く明かりが一斉に消えるのも、なんとも圧巻である。

現在のアースアワーは、多くの国で一時間だけ電気を節約するとか、地球温暖化防止への意識を高めるだけが目的ではない。各国の人々が皆で同時に行動することにより世界はつながる共同体であることを認識してもらうものでもある。

今年シドニーでは(NSW州)夏時間の終わりの日も重なり、今夜時計を一時間戻さなければならない。これを忘れると翌日の予定や人と待ち合わせをしたときに痛い目にあう。

日本での電気供給量の緊急時に節電への協力や呼びかけが多く実施されたようだが今はどうなっているのであろう?

惨事が起きてからとかアースアワーだから電気を消すというより、毎日の生活の中で地球上すべての人々が節電ばかりでなく節水にも意識を向けていくことが大切であろう。

我が家も蝋燭の準備をして、もう少ししたらアースアワーに参加する。(午後8時半開始)

たったの一時間と言わず、今夜はずっと電気を消しておいても良いような美しい星空のひろがるシドニーである。鈴虫の声を聞きながら天体観察でもしようかな!

 

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いじめ対策に新しいアプローチ?!   いじめられる側が鍵を握るのか?

昨夜、今朝2日つづけて、世界でいじめのエキスパートと呼ばている教授がいじめ対処へのあたらしいアプローチを話す番組を観た。なかなか興味深くこういう手もあるのかと思えたので紹介してみたい。

 

いじめへの対処の仕方としては、冗談でかわしたり、変な行動をとり、いじめる側には予想外の行動を取ることがあげられていた。

例えば、「昼飯の金を出せ!」と言われたら、「いいよ、じゃいっしょにご飯食べようか」と返す。こんなことを言われれば拍子が狂う。一瞬、いじめる子は、どうでたらいいのか戸惑うわけである。

「最初はいじめる側がすべての決定権の力を持っているが、いじめられる側がそれを動揺させたり、取り乱すような行動をすることにより、その力関係がシフトする。」

一方的だった力関係を崩すのである。

「このシフトのバランスが大切であり、バランスがイコールになった段階で会話ができ。この会話は、わかりやすく単刀直入、ぜったいにいじめ側に言い分を封じ込まされないようにすることが重要である。」

 

「いじめという行為はいじめをさせてしまうから、さらにそれをつづけさせてしまう。」

 

「みんなで助け合う行為を持つことは大切である。大きな子供が小さな子をいじめている際は、それを助けようと、一人の小さい子供が立ち向かっても無理である。小さい側はグループを作り団結して、こんなことは学校では許されないんだ!という姿勢で向かっていく必要がある。」

 

これらがこの教授の説明であった。

実際に腕力や暴力でいじめられている場合に当てはめるのは困難かもしれないが、こういう対処法を知っておくことはとても大事である。

 

40年という月日が流れているが、一般的に政府のいじめ対策プログラムが巧を成していないのが現実である。アメリカでは、いじめ対策プログラムからはなれ、健全に学校を一つのまとまりとして、スタッフと生徒、学校関係者すべてがお互いに会話を増やすことに重点を置き始め、それが改善となっている。」

 

この‘会話を持つ’というのは、いじめ対策の原点であると思える。

いじめられたときに、親、友達、先生、誰でもいいから、まわりの誰かに話すことができれば、一人で悩まず、またいじめで自殺する子供は減るのではないだろうか?

子供の数が減っているにも関わらず、子供と面と向かい接っしない大人が増えすぎている現状は見逃せないのではないか?

 

教授は、「いじめは社会過程の一つであり、Prison(監獄、監禁、幽閉などの意)ではないのだ。」とも述べていた。

 

いじめをさせてしまう側が、どう受け取りどう対処するのは、いじめ対策の一つの鍵ではあるが、いじめをしてしまう人間の心理にたいして、そこに至るまでに何か大きな欠如があるのではないのだろうか?そちら側には焦点を当てることはできないのであろうか?

Ch9 Today/ ch10 The Project

 

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願いを現実にする一歩とは? あなたのBucket listなにですか?

病室で隣り合わせになった2人の男性が、余命いくばくもなく死ぬまでにしたいことをリスト(バケツ・リスト)にして実現にしていくという「最高の人生の見つけ方」(2007年ジャク・ニコルソン主演)映画がある。

 

小さい頃に学校の地理や歴史の時間に習った場所であったり、過去に出来なかったこと、再会したい人、食べたい物、乗りたい乗り物、人によりさまざまであろうが、このバケツ・リストはきっと誰もが心のどこかに持っているものだと思う。

 

私のこのリストの中にどうしても行きたい場所と観たいものがある。

一つは15世紀インカ帝国の遺跡・マチュピチュを訪ねること、もう一つはオーロラを肉眼で観ることだ。

マチュピチュの方は、お金を貯め、時間をみつけ、でもできるだけ若いうちに行ったほうが体力面で楽だろうな!と、リストのなかでも可能性はありそうだが、オーロラ体験は夢のような話であると思っていた。

 

しかしある人々との遭遇がそれを変えるかもしれない。

 

昨夜、古いアメリカの遠い親戚がシオーストラリア旅行にきており10数年ぶりに再会した。

その席で、彼らが数ヶ月前に訪れたマチュピチュをの写真や状況を詳しく説明してくれたのだ。写真を観て聞いているだけで心ウキウキしてしまい、もしかしたら自分も行けるかも?という感になった。これだけでもリストの小さなステップを踏んだようであった。

 

そしてオーロラ~!

昔、BBC(英国放送協会)のドキュメンタリーで、ある作家がノルウエイ北部に出かけ、いかにオーロラに遭遇するのが困難であったか、という番組を観たとき「そうか、天候に左右され簡単に観光気分では観れないのだ」と思った。

 

しかし、再会した一人がアラスカや北極などで仕事をしておりオーロラの話や写真をみせてくれたのだ。彼の奥さんは、エスキモーとスウェーデン人のハーフで、エスキモー・シャーマンの血を受け継いだ女性であった。アラスカでは頻繁に観ることができ、神秘的なオーロラがいかに美しいかを目を輝かせて語ってくれたのだ。

 

思わず、「私も観たい!観に行ってもいい?」と叫んでしまった。

別にまだ実現したわけでもないのに、こんな形でバケツ・リストの幾つかが身近に現実になっていくのかもしれない!と思えるのは喜びであった。

 

もう一つ、私のリストに、‘娘にアメリカ文化や社会を浸透させてあげたい’ことがある。

娘はオーストラリアとアメリカの国籍を持ちつつもアメリカを知らない。

こうやって滅多に合えない親戚や友からの経験談や、またテレビや雑誌から情報を得るのが現実である。

 

日本人母としては、日本を教えることには全力を尽くしてきたが、アメリカに関しては無にちかい。いつか娘と2人でアメリカの親戚を訪ねるのがリストにある。

昨夜の彼らとの再会で、それを実現することに一歩近づいたのは言うまでも無い。

 

あなたもバケツ・リストを作ってみてはいかがでしょう?

それを頭のどこかにインプットしておくだけでも、案外身近にそれを助けてくれる人と出会う機会がおとずれるかもしれませんよ。

 

 

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知られていない日本の1920年代へタイムスリップ  歴史を深く考えさせられた日!

土曜日にセミナーがあり、小雨降るなかジャパン・ファンデーションに足を運んだ。

数日前の残暑はどこにやら、また豪雨がはじまりやっと秋に入ったシドニーである。

 

第一回「日本を考える」、元マッコリー大学日本学科長、日本教育研究センター長のチャオ埴原三鈴さんが、“日本近代史の忘れられた時代:1920年代の日本外交と後世への影響を探る”と題して、当時の知られていない日本の歴史を垣間見るセミナーであった。

 

セミナー・スピーカーの大伯父にあたる埴原正直氏は、"史上最も若い駐米全大使“として当時「排日移民法」のために闘った。彼女は「日米関係に尽くした外交官として米国の識者の間で記憶されながら、日本ではほとんど忘れられてしまった埴原の業績を探りたかった」と、調査と執筆をはじめ*本の出版に至った。

 

ベルサイユ会議(パリ講和会議1919年)出席という世界の大国の仲間入りをしていくことへの喜びを隠せない日本。その日のためにわざわざ東京から横浜港に電車線をひき、港には数多くの人々が集まりパリ講和会議使節団を見送った。

 

国際会議の場では、世界で初めて日本が「人種差別撤廃宣言」を提唱し、「これは日本人として誇りに思うべきことである」と述べる埴原先生。

 

会議では、米国と英国からの不平等な扱いを受け、日本の提案に賛成が11票、反対が5票であったのにもかかわらず、全員一致ではないからとの理由で否決される。

今でこそ、親日国であるオーストラリアではあるが、当時は白豪主義を唱え、この提案に大反対。そんな中、ある見識者は、この結果が後に大きく影響して太平洋上で戦争が起こることを予告していた。

 

第一次世界大戦では英国艦隊護衛艦として日本帝軍は30隻の艦隊を送り、オーストラリア軍やNZ軍を助けるために活躍した‘伊吹’。これはキャンベラ戦争記念館に今でも展示されている。

 

映画"オーストラリア“(2008)を観て「第2次世界大戦で日本がオーストラリア(ダーウィン)を襲撃したのをはじめて知ったわ!」とある友達は話していたが、それ以前に英国護衛艦として伊吹がオーストラリアを助けていたという事実はほとんど知られていないであろう。

 

この会議での屈辱が日本を第2次世界大戦への引き金へとなっていく。

 

歴史は好きではあったが、日頃の生活のなかであまり考えることもなく、たまにBBCなどの歴史ドキュメンタリー番組を観るぐらいの私である。

しかしこれらの解説は、きっと学校の教科書では教えてもらえず、また知られていない歴史の事実を学べたセミナーへの参加は実り多いものであった。

 

埴原先生は、現在はリタイヤされているが、過去長く大学で教鞭を取っており、解説がとてもわかりやすく、大学で眠気を誘われてしまう教授のようなタイプではない。日本語と英語セッションが設けられ、優しくそれでも歯切れが良い語りは、固い歴史のイメージを拭い去ってくれた。1920年代の潜んでいた事実や背景にどんどんと引き込まれていくようであり、あの当時の使節団の怒りが伝わってくるようでもあった。

 

また第2回が予定されており、老若男女を問わずシドニー在住の日本の方、また日本語を勉強したり、日本文化を研究しているオーストラリアの学生にも参加してもらうことを願うばかりだ。

 

 

*「排日移民法」と闘った外交官 チャオ埴原三鈴・中馬清福著   藤原書店

毎日新聞  

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若い二人の門出に乾杯! 本物の結婚をしよう!!!!        

今年のシドニーの夏は異常に雨が多く涼しかったのだが、暦上、秋になったのに、まだ蒸し暑い日がつづいている。そんな青空のもと、昨日、ある友達の結婚式に出席する機会に恵まれた。

 

最初に向かった場所は、NSW州司法課の出生、死亡、結婚登録所。ここでは治安判事(Justice of The Peace)のもと、結婚の誓約、指輪の交換が行われ、結婚証明書にカップル、証人、親族が署名をした後、法的に結婚が成立する。

日本で市役所に婚姻届を申請するのと同じような州政府の管轄所である。

 

市役所の一角の小さな部屋で20分ほどの式は終わった。

緊張の中にも笑みが隠せない26歳の彼は、ごく一般的オージーの若者とは少し違い、どこか落ちつきがある物静かなタイプ。スキンヘッドが似合う顔立ちであり、私は彼が大学生の頃からのつきあいである。

 

その彼から突然1ヶ月前に、3月に結婚するから式に来て欲しいと招待された。

 

えっ、いつのまに彼女ができたの?えっ、彼女は日本人?えっ、結婚式?

 

驚きの連続のなかにも喜びと、また彼が日本人を選んだという納得感が心中にあった。華やかでワイルドなオージの女性とはまったく合わないタイプであるからだ。

 

7ヶ月前にネットで知り合った女性と恋に落ち、つき合い始め、いますぐには結婚はできないが仕事や生活が落ち着く2年後に結婚したいと彼は彼女に告げた。真面目な彼らしい!彼女はそれで満足であったが、彼女のヴィザがあと数ヶ月で切れてしまう。

 

数ヶ月前からいっしょに住み始めたから、彼女は*同棲ヴィザの準備をしようと考えた矢先、いろんな不便さや面倒くささから、突然結婚してしまおう!となったのだ。

*オーストラリアでは2年間の同棲が法的に立証されると、片方がオーストラリア国籍で相手が外国籍の場合、申請後(証拠写真や証人の手紙など諸々の書類が必要)外国人はオーストラリア永住権を取得することができる

 

急に決まったことで、この日の披露宴には、日本の家族は参加できず、新郎側の親族と身近な友だけが集まった小さなものであった。タウンホールそばの本場日本食レストランでの和食は舌鼓の連続で、わたしは最高に楽しみ、また彼の家族も温かく日本人嫁を迎えてくれた様が伝わりとても心地よかった。

 

若い二人の爽やかで幸福に満ちた笑顔、温かく見守る親族。

心から、「おめでとう!がんばれ~!」と思える時間を過ごせた。

 

長く海外にいると、様々な境遇を持った日本人女性と出会い、相談を受けることが多々ある。長く住んでいながら同棲ビザすら署名してくれない彼、子供ができた途端に消えた彼、永住権だけが目的で男性を探しつづける日本人女性。

友の出会った日本人妻はビザ目当てタイプではなかったことに安堵する。

 

心から二人の幸せを願いたい!

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