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2011年9月

娘の16歳の誕生日を無事に迎えた日のひとりごと

 

今日は娘の16歳の誕生日である。

 

普段紹介しているオーストラリアの出来事や事件などの内容からはずれ、私的なことを書いています!

 

 

 

’女心と秋の空‘ではないが、9月のシドニーの天気は異常に変化して、気温の差の激しさに身体がついていくのがやっとである。

 

 

 

過去16年庭や公園でお誕生会ピクニックを開いたりしたが、35度に近い異常な暑さになった日が何回もあれば、ここ数日気温がグッと下がり、今日は最高気温が20度くらいで肌寒い。昨日からの大雨で公園でのピクニックは取り消し、小学校時代からの親友を数人よんで家で小さなパーティとなった。

 

 

 

小学校時代から仲の良い友達はみんな私の背を追い越してしまい美しく成長している。

 

(注:自分は日本人にしては背が高く168cmあるのですが!)

 

今日のパーティのテーマは、’ビンテージ・ファッション‘と娘が決め、みんなオメカシして可愛いワンピースに身を包みやってきた。慣れないお化粧をしてきた子もいて妙に大人びている。彼女達をみていると、‘ああこんなに大きくなったのか!という感慨に耽り16年の月日が走馬灯のように浮かんでくる。

 

 

 

最初に思い出すのはやはり出産した日のことである。

 

16年前、あるロサンゼルスの病院で娘を産んだ。病室の小さなテレビには野茂選手がロサンゼルス・ドジャーズと契約を結び活躍している様子が映っていた。

 

 

 

1歳の誕生日は、ロサンゼルスのある公園で夫(当時)の父親方と母親方の家族が集まりなんだか居心地の悪いものであった。彼の両親は離婚をしており、その両親ともに再婚してそれぞれのパートナーを連れてきていた。このメンバーが揃うのは結婚式以来であり、なんだか妙なアメリカ的家族のあり方を体験した。

 

 

 

その数年後オーストラリアへの移住を決め、娘は日本とアメリカの影響を受けたシドニーっ子となった。

 

 

 

初めて2人で手をつないで小学校に行った日、小学校の涙の卒業式、高校の入学試験に受かり抱き合って喜んだ日、学校の表彰式に参加した日、どれもこれも私の素晴らしい財産である。

 

 

 

16歳になったら免許を取りに行くと急に娘は言いだした。

 

NSW州では16歳で筆記試験を受けることができ、それに受かればその後150時間ある限られた運転手に付き添ってもらい車の運転を練習することができる。その後17歳で運転免許試験を受けることができ、受かれば仮運転免許証が(P1・P2)が降りるのだ。

 

 

 

妊娠中にロサンゼルスのハイウェーを乗り回していた母親であるから、娘が運転したい!と言い出すのも頷けてしまう。胎教の影響は大きいのだ。

 

しかし野蛮な運転手が多く、入り組んだ道が多いシドニーでは運転させたくないのが本音である。また頭痛の種が増え、母親が歳を取るのは避けられない。

 

 

 

やっとわたしが、母親として‘板に付いた’のは、きっとここ数年であろう。

 

16年も母親をしていてもまだまだ学ぶことが多い毎日である。

 

 

 

色々と思いがけない人生の展開はあったが、オーストラリアで娘を育てることを選んだ決心は間違いではなかった。異国の地でたった2人の家族であるが健康に小さな幸福に囲まれて暮らしていけることに感謝のみである。

 

 

 

Happy Birthday my love!

 

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ストライキ・悪天候! 悲惨なオーストラリア航空事情に嘆く旅行客

 

923日メルボルンでカンタス航空の整備技師組合員が1時間のストライキを実行、2路線が取り消し、その他6路線に遅れがでた。これにより1300人の国内線利用客に影響を及ぼした。’

 

9月24日付けの新聞には、‘27日火曜日に国際線利用客は税関のストライキにより大幅な遅れがでるので、早めに空港にいくようにと税関が勧告を出した。’

 

 

 

そして今朝のニュース(929日)では、’メルボルンで1955年以来9月最も降水量の多い日となり、飛行機の遅れと取り消しが相次いで出た。あるシドニー在住の女性は、パースへの楽しい週末旅行が地獄になった。パースからシドニー行きの飛行機が取り消され、メルボルン経由にして搭乗手続きを待っていたところ、飛行機に雷が落ち、その便も取り消し。3回目の再予約の便も取り消し。また最後列に並んでいたためにホテルの予約も取りそこない、仕方なく空港の床で一夜を過ごした。「夜間の飛行場は飲食店も閉まり、赤ん坊が泣き叫ぶ中、水のボトルすら手に入れることができず生きた心地もなかった。」と語る。‘

 

ちょっと信じられない光景が浮かぶ。悪天候という自然には逆らえず天候が回復するまでの待機はあきらめがつくが、どうして空港に残された旅客へのなんらかの対応ができなかったのかが疑問である。

 

 

 

ついこの間は、教職員労働組合がストライキをして学校が丸一日お休みになり娘は大喜びであった。まったくストライキが盛んな?オーストラリアである。このカンタス航空のストライキには利用客のカンタス航空離れが懸念されることであろう。ただでさえも他国の格安旅客機がより良いサービスに力を入れ多く進出しているからだ。

 

 

 

しかしこの地球温暖化による異常気象の影響をさらに受けて、613日にこのブログでも書いた‘チリ火山噴火により3万人が空港で足止め  シドニーとメルボルンへの影響’や今回のメルボルンでの悪天候による航空路線への影響などは頻繁に起こってくることであろう。

 

 

 

こんな時代に賃金値上げ交渉に力をいれている場合ではないように感じる。

 

シドニーの生活費の異常な上昇を考慮すると、賃上げ要求はよく理解できるが、彼等にはまだちゃんと仕事があるだけましなのではないのか?と言いたくなる。

 

 

 

この時期の日本帰国が我が家の年間行事の一つであるが、今回は事情があり少し延期した。これらのニュースを聞いて、「ああ、この時期の旅行をやめてよかった!」と胸をなでおろした。

 

 

 

情報源:news.com.au Herald Sun

 

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我が家の新しいペット   蚕観察に癒される日々   

 

我が家の最初のペットは、純白の毛並みで、つぶらな黒い眼が可愛いウサギであった。庭に放すとピョンピョン跳ねて走り回り、みているだけで楽しかった。

 

ウサギは清潔でニオイもなく、鳴かないからとても静かである。糞の始末だけきちんとすれば散歩をする必要もなく、小さな子供がいる家庭でも飼育できるお手頃なペットであると感じた。ただ猫や犬ほど長生きをせず3年くらいしたら急に元気がなくなり餌を食べなくなった。学校や仕事から家に戻るたびに、娘と2人でまだ生きているかな?と心配した。

 

 

 

極度に弱ってきた時、抱っこしていたら急にギュウギュウという苦しみの泣き声を3回あげ、私の手の中で死んでいった。この子の声を初めて聞いたが、それが最後となった。ペットを飼う楽しみは大きいが亡くすときの悲しみは言葉では言い表せずとても辛いものである。死骸を娘(当時8歳)にみせることができないと思い、まわりのオージー友達にはゴミ回収日にゴミとして出したら?と言われたが、そんなことも出来ず、泣きながら自分で必死に穴を掘り埋めた。当分ペットは飼いたくないと思った。

 

 

 

それでも懲りずに数年後、次のペット、ギニア・ピッグ(天竺鼠)を飼った。モルモット、実験動物と言ったほうがわかりやすいかもしれない。この子はよくギィギィと鳴き、これが煩かった。笹が大好物で、わざわざ庭の隅に植えたくらいである。抱っこして毛をブラシしてあげると嬉しそうに座っているが尿をもらしてしまう。

 

また近所の猫が集まってきて最初は心配したが、うちの子は気が強く猫にも怯まず立ち向かっていた。いつも鳴いてはいるのだが、ある日真夜中に泣き声が聞こえた。ポッサムが来て喧嘩しているのかな?と不思議に思ったが、翌日死んでいるのを見つけ、あれが最後の声だったことに気がついた。夜中に見に行かなかったのを悔やみ悲しかった。ただ鳴き声がうるさいのと糞の始末がとても大変であったから、あまり人にはお勧めできないペットであろう。

 

 

 

その後金魚以外はなにも飼っていなかったが、最近友達から蚕をもらって飼うことになった。この白い幼虫たちにはこれまた不思議な魅力がある。

 

 

 

家に持って帰ったら娘も大喜びであった。もうすぐ16歳になるから、「マム、何これ?」って言われるかと思っていたが予想外の反応に驚いた。

 

 

 

桑の木の英語名を調べて、mulberry or Morusとわかると「この木なら学校にあるから、葉っぱ取ってくるからね、名前もつけないと!」と妙に張り切りだしたのだ。

 

新鮮な葉っぱが必要だから、いつも桑の木を探さなければいけないが、それ以外は何も心配や無理な世話もいらない。現時点では5cmくらいで5齢まで生きてくれ、その後ちゃんと蛹になってくれるかどうかが気になるところだ。

 

 

 

毎朝、新しい葉っぱをあげると、ムクッと一斉に起き出して、ムシャムシャと音を立てて美味しそうに?食べ出す様はとても可愛くボウと見ているだけで顔がほころんでしまう。いつのまにか家族の一員になっているから、これがペットを飼うことの良さであろう。

 

 

 

子供に生命の大切さを教える上では、バーチャル・ペットよりはよほど健康的な感じがする。でもこの子たちが蛹となり蛾になり卵を産んで死んでいってしまうのかと考えると、これまた儚い命なのだな~と少し悲しくなる。

 

 

 

 

 

 

 

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十代の娘をもつお父さんへ   Noの言葉も必要なのでは!

 

娘の親友、また交換留学生として日本行きが決定してからずっと日本語を教えていたジェシカが今横浜にいる。9月からホスト・ファミーリーの家に滞在して念願であった日本の高校生となり、彼女にとっては冒険のような新生活が始まった。

 

 

 

先週末、PCを使ったビデオ・コールで話す機会があり、彼女の嬉しそうな声を聞き安心したが、ある事でホームステイ先の母親が困っていることに気づいた。

 

 

 

ジェシカは誕生日が迫りあるカメラがに欲しくて、それをオンラインで探し出し購入しようとしていた。日本のお母さんは、彼女の探したものがあまりにも高価であり、それと同値段のカメラなら、もっと高性能で良いものがあるから、カメラ店をまわって調べてから購入したほうが良いと思っていた。

 

 

 

しかしジェシカはどうしても誕生日までに欲しいと言いはる。(ここで注意点は、彼女はすでにデジカメを持っている)

 

その時点であと一週間しかないのに、ホームステイ一家がカメラ店にいける時間は限られてしまう。その上、会話が上手く出来ない、英語の説明書が必要、日本とオーストラリアは電圧が違い、カメラのバッテリーの充電器を使用する際には変圧器が必要になってくる。ちょっと面倒くさい課題がいくつかならんでおり、日本のお母さんの困惑はよく理解できたのだ。

 

 

 

その時は、ジェシカには「なにも誕生日までに決めないで、時間をかけてしらべたほうがいいよ」

 

またお母さんには、「遠慮しないで自分の娘さんに言うように、出来ない事ははっきりと出来ないと言ってやってください。今後ホームステイが数ヶ月あり、なんでも彼女のいいなりになっていたら、その期間中疲れてしまいますよ」と言っておいた。

 

 

 

その電話を切ってから、娘から「マム、あなたはジェシカのお母さんではないから、ああいう言い方はよくないよ。でもホームステイ先の人には必要な言葉だったね。」と言われた。

 

そうか、ジェシカはシドニーの両親に連絡を取り承諾を得たと言っていた。それなら私が口出すことではなかったのだ。ちょっと気になった。

 

 

 

そして数日たった後、ジェシカのお父さんが「会いたいから時間はあるか?」と言ってきた。きっとこのカメラのことだなと思いつつ彼と会った。

 

なんとお父さんは、娘の誕生日に間に合うように、今から日本のカメラ店に電話してカメラを購入、娘のホームステイ先に発送してもらいたいと言ってきたのだ。

 

お父さんの娘を思う気持ちはよくわかるが、ちょっと待って!と私の目は点になった。

 

いくら私が日本語を話せても、電話で高価なカメラを買うというのはあまりにも無謀な行為である。カメラ店のほうだってきっと困るであろう。

 

娘が日本にいるのだから本人が手にとって調べさせればいいのである。もうなんで誕生日に拘るの?

 

 

 

私は、ホームステイ先の家族とジェシカに説明した言葉と、日本でのカメラ購入事情を父親に話した。彼も事情を聞き、慌てて誕生日までに買うのは賢明ではないことに気づいたのだ。もちろんシドニーから電話して買うなんてとんでもないのである。

 

 

 

彼は「娘に慌てずに時間をかけて探しなさい」と説得することに決めたが、

 

「君と話してこの結果になり、君の名前を使ってもいいか?」と言ってきた。

 

 

 

「いいですよ、わたしが悪者になりましょう!!!」まったく苦笑である。

 

 

 

どうして父親は娘に甘いのか?

 

まだ来たばかりの留学生を預かっているホームステイ先の方が「もうちょっと探してみたら、こんなことは短時間ではできない」と言えないのはよく理解できるが、実の父親が娘の言いなりになっているのには首をかしげる。

 

 

 

日本のお父さんに‘彼の爪の垢を煎じて飲ませたい’と思えるほど、子供をとても愛し大切にする英国人の彼は、娘を自由奔放に育てている。欲しい物はなんでも与えてきていた。でも現時点では日本とシドニーと距離があるから今まで通りにはいかない。

 

 

 

お父さん、たまにはNoと言ってもいいのではないでしょうか?

 

 

 

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9.11の日に思うこと ‘運命のいたすら’と日本人としての義務

 

アメリカNYで起きた9.11追悼式典の模様をテレビや新聞でみた人は、日本でも多かったであろう。そうか、もう10年経つのだという思いと、ある出来事が自分の人生を変えていたのだという感慨に耽った。

 

 

 

「もしあのときこうなっていたら?」と過去を思い浮かべ「わたしの人生は変わっていただろうな」と考えるのは、人として当たり前の行為である。もちろんその“こうなっていたら”というのは起きていなかった事柄をさす。

 

 

 

私の場合は、10年前この9.11の現場に私の家族がいた可能性があった。9.11の起きる数年前夫は(その当時)就職試験を受けにNYに赴いた。その時は運悪く?試験に受からなかったが、もし採用されていれば、彼はあのビルで仕事をしていた。

 

NYでの就職試験に失敗してオーストラリアへ目が向き始めた。その後数年してからシドニーのある会社に採用が決まりこの国に移住したのだ。

 

 

 

NYの会社への不採用の通知を受け取った時は、夫と2人で希望する職種や会社に就けなかったことを大きく悔やんだ。しかし新天地への移住も落ち着き、シドニーで9.11のニュースを観たときは‘運命のいたずら’なんていう言葉では語りきれない重い何かを感じた。

 

 

 

煙と埃にまみれ泣き叫ぶ人々、家族がいったいどこにいるのか不安のどん底におちいる身内、自分たちがその立場にいたのかと思うと、その時のささやかではあるが恵まれた生活が天国のように感じたのだ。

 

 

 

人生には多くの岐路や折り返し地点や壁がある。自分の意思や努力だけではままならないことが多くある。それがきっと運命なのであろう。

 

 

 

日本ではそんな折り、東日本大震災半年後に新宿で大きな原発デモが繰り広げられた。このニュースを聞き、頑張れ日本人!国民が立ち上がるときがきているのだと深く感じた。

 

テロ、内戦、天災で多くの命が簡単に失われていく時代である。

 

運命に左右されながら、自分の命は自分で守るしかない。

 

 

話はかわって、9月11日に偶然わたしが辿り着いたYou Tubeをここで紹介したい。もうご覧になった方も多いかとも思われますが三輪明弘さんの原爆体験談です。 

 

http://www.youtube.com/watch?v=6uf2HDr7sOQ

 

 

 

この原爆体験談は末ながく語り伝える必要があり、決して忘れてはならないことであります。これは日本人にしかできない、また日本人としての義務だと感じるのです。

 

 

 

 

 

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Cyber Sin・サイバー・シン いじめへの対策のはずのフィルムが放映禁止に! 

 

最近、サイバー・シン(Cyber sin)、もしくはサイバー・ブゥリイング(Cyber bullying)という言葉を良く耳にする。

 

これは‘電子メール、インスタント・メッセージ、携帯によるテキスト・メッセージ、携帯電話、中傷的なウエブサイトなど、電気を使った情報や通信装置により個人や団体が個人的ないじめや嫌がらせを繰り返すこと’と辞書にはある。

 

 

 

今朝あるテレビ番組で、生きていたら今月20歳の誕生日を迎えるはずの息子さんの父親が出演していた。息子さんはサイバー・ブリーにあい、それを苦に自殺した。ご両親は同じ様な被害者がでないことを願いショート・フィルムを製作したが、公立学校では内容に論議が生じて放映禁止されてしまう。

 

自殺を語ることはそれを真似する子供が増える、これでは強いメッセージが伝わらないなど賛否両論あるようであるが、詳細はわからないままである。

 

 

 

わたしがフィルムを観た感想は、公立学校で禁止にしてしまう理由はわからず、少し抽象的にしている部分は、もっと現実を見せてもいいのではと思えるものであった。

 

 

 

しかしこのフィルムがどうのこうというより、ある嫌がらせをたった一人の愚かなアイデアで発信、それにまわりのすべてが同調して笑いの種にしてしまう行為には、人としての感覚への疑問しか沸かない。

 

 

 

中傷や嫌がらせをたいしたことではなく単なるいたずら?とでも思っているのか?特に写真を使用すれば言葉より鮮明に人には伝わる。

 

携帯という便利な機械で一瞬にしてそれが学校中の生徒の目に映せることが可能になってしまうのだ。発端人物はそれがどれだけその人物を傷つけるのかという点に気づく事がないのであろうか?もしくは受け取った人も、それを転送せずそこで止めるか、止めろ!という勇気もないのか?

 

 

 

雪山で雪玉が一度転がり出したら大雪崩になっているかのように、このいじめ社会は留まることをせず、どんどん増えひろがり過激になっているかのようである。

 

文明の利器であり、人間の生活を便利にしていくはずの通信機器がそれに一役買っているのも皮肉なものである。

 

子を持つ親としては、うちの子がいじめに合わないように願い、またいじめる側には決してならないようにと教えることくらいしかできないのであろうか?

 

http://au.tv.yahoo.com/sunrise/factsheets/article/-/10186633/view-the-cyber-bullying-short-film-banned-from-public-schools/

 

http://www.websters-online-dictionary.org/definitions/Cyber

 

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家具の買い物はご主人も子供も邪魔で~す!という奥様のために   at IKEA

 

IKEAというスエーデン発祥の’世界最大の家具屋‘といわれているユニークな家具屋さんがある。個人的には説明書通りに作るあの組み立てが苦手であまり好みではないが、いろんな部屋のデザインや色鮮やかな小物をみるのは楽しくってファンタジー・ランドにいるような気分になる。

 

巨大なスペースのひろがる店舗、北欧独特なカラフルなデザイン、お手軽な値段の家具やインテリア小物はどこの国でもきっと人気があるであろう。おまけに店内にあるカフェのメニューはわりと美味しくて値段が安いのである。

 

 

 

昨日の朝のニュース番組で、‘父の日限定の父親ルーム開設’というのを観た。たまたま用事もあり、朝食がてらIKEAに行ってみた。

 

ここでまず説明しなければいけないのはこの父の日、日本やアメリカその他多くの国は6月の第三日曜日であるがオーストラリアの父の日は9月の第一日曜である。つまり明日。

 

 

 

IKEAにはスモール・ランドといって一定の年齢、もしくは身長制限内であれば子供を無料で預かってもらえる部屋がある。そこにはお絵かきコーナー、ゲーム、またカラフルボール室に埋もれられ、子供には天国のような遊び場所がいっぱいあるのだ。

 

IKEAの職員が付いていてくれるので親は心配なく買い物に没頭できるわけだ。

 

 

 

そして第2弾父親ルームが登場。これは父の日前後の4日間だけであるが、この発想がユニークである。日本じゃあるまいし、ここでもご主人(お父様)はお邪魔虫なのかしら?と疑問が沸いた。

 

担当のスェーデンから来ていた職員に話を聞くと、「どうしても買い物をしている途中で喧嘩をしてしまう夫婦がいるでしょ。そんな口論や喧嘩を解消して、父の日くらいご主人(お父様)にのんびりしてもらおうというのが目的です。」とのことであった。

 

 

 

今回はお試し4日間であり、部屋ではなく広い吹き抜けのフロアーの一箇所を区切ってあっただけだが、すわり心地良さそうなソファー、X-Box、DVD、ピン・ボールが置かれ、チップスやホット・ドッグなども用意され、午後は時間限定指圧コーナーを設けるとあった。子供の遊び場にも勝り、男性諸君にもちょっと息抜きしてもらえそうな、なかなか素敵な環境であった。

 

 

 

日本を長く離れていて、アメリカやオーストラリアのご夫婦はいつもいつもいっしょだな~と関心することが多々ある私であるが、‘IKEA で喧嘩が多発?!’‘そうかやはりどの国の奥様もたまにはご主人が煩くなるのだな’‘ご主人方も奥さんに合わせていつも相当苦労してるのよね’と思え可笑しくなってきた。

 

 

 

しかし、これを日本のIKEAで始めたらきっと大変なことになるであろう。邪魔扱いされて行き場のないご主人方がウヨウヨと集まり、その部屋は一杯になってしまうかもしれない。そんな国民性も困ったものだ!

 

 

 

情報源:http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A4%E3%82%B1%E3%82%A2

 

http://www.ikea.com/au/en/store/homebush/services

 

Ch9 Today

 

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