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2011年5月

彼女の巣立った朝    様々な留学生模様      Sydney駆け込み寺!?その1

 

4時におき、細い明るいお月様、木星、キラキラ輝く小さな星たちを横目に車を走らせた。友の紹介でシドニーに英語の勉強に来ていた子を空港まで送っていったのだ。

 

 

 

前回日本へ帰国したとき、友から彼女がシドニーに行きたがっていると紹介された。

 

最初に「どうしてシドニーを選んだの?目的は?」との私の問いに答えるまで数分を要し「英語を数ヶ月でマスターしたいからです。」が答えであった。

 

 

 

「シドニーに住むから、それで数ヶ月間で英語がマスターできるなんて思わないこと。今この日本に居てもいくらでも勉強できるのよ。でもほんとうに行きたいのなら、それまでにある程度の英会話の勉強はしておくように」と言っておいた。

 

 

 

そして半年後、彼女はシドニー空港に到着した。

 

 

 

半年間の英語勉強はゼロのようであり、また10年前中高校時代に習った英語はほとんど忘れたレベルでやってきた。こちらからの英語の問いはほとんど答えることができなかった。

 

 

 

そしてなんと最初の1週間で「もうやめて日本へ帰りたい!」と言い出した。

 

シドニーに住みたいとか日本へ帰りたくない!という学生が多い中、こんな言葉を聞いたのは初めてであった。

 

 

 

「今やめて帰りたければ帰りなさい。あなたの意思だから私は止めない。でもやっと決断をくだし、多額な費用をかけてここまできて、こんなに簡単に断念して帰ったら、ぜったいに後悔するから。」とだけ伝えた。

 

もう一つは若いのに、「毎日ご飯と味噌汁がないと力がでない!」と言う。お米も味噌もシドニーでは手に入るが、毎日食べないと嫌だ!という我がまま、そして日本食を毎日食べていない我が家にしてみれば、少し苦痛であった。イスラム系やインド系のホームステイ先に行っていたらどうなっていたのであろう?

 

 

 

これらの言葉を聞いたとき、どうしてこの子はシドニーを選んだのか?英語をマスターしたいのなら、どうして来る前に勉強をしてこなかったのか? 無謀ともいえる行動に、わたしは疑問符だらけになっていた。

 

 

 

彼女のレベルと学校での授業内容には大きなギャップがあり、英語だけの学校と社会に対して、来た当初は拒絶反応を起こした。それでも努力家ではあったので日に日に彼女は成長していき、もちろん予定通り8週間真面目に学校通った。

 

また私と日本語を話せたこと、そして毎日わかりやすく英語とオーストラリアの社会や文化などを教えてあげれたことが、なんらかの助けになったのであろう。

 

 

 

先週末、他の友の紹介でシドニーに来たばかりの日本人学生たちをよんで我が家でバーベキューをした。

 

初めてあったそのうちの一人の女性が、

 

「シドニーに到着して一週間、緊張の連続で夜も眠れなかったのです。でも今日ここに来て初めてくつろぐことができました。」と言った。

 

その人は英語も上手で海外にも慣れているようなタイプであったから、この言葉は意外であった。

 

 

 

英語を話せるようになりたい、海外生活を体験してみたい、様々な目的を持ちシドニーを訪れる人々に出会う。強くたくましく英語圏に入り込んでいくタイプは稀である。

 

シドニー留学を夢のようなおとぎ話と信じている子もいるであろう。

 

 

 

巣立った彼女の置き手紙には、感謝の言葉と‘シドニーが大好きです!’と書かれていた。

 

私も大好きなシドニーである。それを少しでも彼女に味わってもらえたことがとても嬉しかった。

 

ここにシドニーにいる限り、迷った学生の力に少しでもなれたらと願っている。

 

 

 

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悩みごと相談  同情してもらいたいのですか? 本気で解決したいのですか?

 

古い友達が10代の子育てで悩んでいる。彼女にしてみれば深刻な悩みのようであった。

 

 

 

私はカウンセリングのプロでもなんでもない、いち母親であるが、相談をよく受ける。そして受ければそれなりにその人々を助けようと努力している。

 

 

 

たいてい相談者は2種類のタイプに別れる。

 

一つはとにかく自分の愚痴をぶつけて、聞いてもらうこと、また同情してもらうことにより、悩みの半分は消えていくAタイプ。

 

もう一つは、第三者の意見を客観的に説明してもらうことにより、それなりの方向性や結論をだし、それに対処していくBタイプ。

 

 

 

私は過去の子育て経験と一般的な常識から判断して相談にのっていき、悪いことは悪いとはっきりと辛口意見を言うようにしている。

 

同情していっときは落ち着かせても、その場限りで問題の解決になっていなければ、また似た問題が持ち上がり堂々巡りで終わるからだ。

 

 

 

しかし往々にしてAタイプは辛口意見が嫌いである。多額なお金を払ってでも心理カウンセラーのもとに通い、ひたすら愚痴をぶつけてうさを晴らすタイプが多いようだ。

 

今回この古い友はAタイプであった。公平な辛口意見を始めると、「娘の批判や悪口を言わないでほしい」と言い出したのだ。一般常識範囲内からでた言葉を悪口?と、とったときは驚いたが、あとの祭りであった。わざわざ時間を割き助けるつもりが恨まれる結果になってしまった。

 

 

 

この時点で話を止めることにした。

 

 

 

母として子供の悪い点をリストアップされるのは苦痛である。それは誰も同じである。

 

でもこのリストアップという認識後に、その対処法を探し出していけば解決につながるのである。

 

今まで積み重ねてきた子育ての方法になにか落ち度があった。だから彼女はいま悩んでいる。したがい、その原因や間違ったやり方を見つけ、対処していくのが最適な方法であるはずなのだが、彼女はそれを理解できなかった。単なる子供への中傷としか取れなかったのだ。

 

 

 

英語に、Like daughter, like mother.という言葉がある。日本語なら‘この母にして、この娘あり’である。

 

夫婦も同じであるが、子と親の関係は鏡である。親のしてきたこと、教えてきたことすべて子供にうつっている。つまり子供は自分の分身である。

 

 

 

また子育ては時間と愛情をかけた分だけ実りが大きい。手抜きをしたり躾けの仕方もしらない親は、その反動が津波のごとくいつかやってきて、悩むばかりの人生に落ち込んでしまうのだ。

 

「どうしてこんな子に育ったのかしら?」などという親へは、もっと自分を知りなさい!といえるであろう。

 

 

 

また現代の親は、物質で子供を操ろうとするし、子供へのご機嫌を必死に取ろうとする。

 

だから我がままな大人が簡単に育ってしまうのだ。

 

 

 

シンプルで根本的に必要なことを知らなすぎる親が多いのではないだろうか。

 

また聞く耳を持ちたくなければ、人へ相談を持ちかけるのは止めた方がいいのである。

 

 

 

 

 

 

 

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Vivid Sydney 鮮やかなライト・アップと音楽の祭典 5,6月のシドニー楽しみプラン

 

527日から613日の夜間‘Vivid Sydney’と呼ばれ、幾つかの名所でライト・アップ、音楽、光の芸術作品設置、夜店などで賑わう催しがある。

 

 

 

実は、去年娘の学校の行事で夜出掛けた帰り道に、ハーバー・ブリッジからカラフルな色に染まったオペラ・ハウスを観て驚いたことがあった。ロックスにある大きな岩のトンネルにも色々なイルミネーションが映し出されて、とても綺麗であった。この行事を知らなくてとても残念であったのだ。

 

 

 

下記のサイトのいくつかを簡単に説明してみたい。

 

オペラハウスの屋根とシドニーの文化遺産の一つであるCustoms Houseの壁には鮮やかなライトが描き出され’電子キャンバス‘的な芸術を披露。

 

ロックスでの(Campbells Cove)‘ Fire Dance’と呼ばれる見世物は今年初めて。

 

3階建ての建物より大きなジェット炎が40箇所で、期間中毎晩5回噴流する。音楽と演出された炎のダンスは世界で最も大きなキャンプ・ファイヤーと称されている。これは必見の価値がありそうだ。ただ夜5回と書いてあるだけで時間がわからないから、夕方に行って待つしかなさそうである。

 

しかし期間中の毎週金、土曜は、ロックスで夜店マーケットが開かれるので、買い物のあいまに炎のダンスを観れるはずである。

 

その他、オーストラリア国内と海外の芸術家によるLight Sculptures(光の芸術、彫刻作品)が、サーキュラー・キイに40箇所以上設置されている。

 

 

 

今年の秋は足早に去っていきそうで、冬はきっと寒くなりそうだ。

 

ここ何年か、気象記録始まって以来の暑さや寒さや、異常な気象ばかりおきている。

 

それでも寒いからなんていっていられない、今年はこのVivid Sydneyを遠く橋の上からではなく、目の前で観てみたい。

 

 

 

この時期に運よくシドニーを訪れる方がいらしたら、ぜひ足を運んでみてください。

 

街中あちらこちらのライトめざして歩けば、昼間のシドニーとは違った趣のある散策がきっと楽しめることでしょう。

 

 

 

http://vividsydney.com/events/lights-on

 

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食への感謝を断食から学ぶ国   天災から学んだ日本?! 

 

日曜にSBS(国営TV放送局)でFeast Indiaという番組を観た。あるレポーターがインド国内をまわり、インドの宗教や食などを紹介する番組である。ひとつ気になる内容があった。

 

インドでは、ある時期にFast (断食)をして、貧しい人が食べ物を思うように食べれないという事実に対して、食べ物を不自由なく食べれることに感謝するために、ある月の日の出から日没まで断食をするそうだ。日没後は、栄養価の高いミルクや卵を使ったものを多く摂取する必要があり、番組では色鮮やかなお菓子を紹介していた。

 

 

 

これと似たものでラマダンと呼ばれるイスラム教の儀式断食がある。

 

これもある月の日の出から日没までは何も食べないで過ごし、宗教的な試練、また食べ物への感謝を学ぶためにおこなわれるものだ。

 

日没後はお粥など口にすることができ、またその月が終わると盛大に食卓をご馳走で盛りお祝いをする。

 

LAに住んでいたとき、仲の良い家族がこのラマダンの月に断食をしていた。彼女等は「唾を飲み込むのすらいけない」といい唾もコップに吐いていた。

 

子供達が学校でどうしていたのか?水分不足にならないのか? 

 

またお腹が空くと力もでないし集中力も減りそうで、いくら宗教的な儀式でもちょっと大丈夫なのかしら?と心配したことだけ覚えている。

 

 

 

このインド人のお菓子職人が「食への感謝を学ぶため」と話す番組を観ながら、ある思いが頭をよぎった。

 

 

 

毎年儀式の一つとして、イスラム教徒やインドの人々は断食を行い、それにより食への感謝を学んでいるなか、日本のにおける飽食の時代はとても不思議なものであった。

 

日本は戦後、食糧難という貧しい時代を乗り越え、世界で経済大国のトップを走った。経済恐慌により、世の中は不況にはなったものの、デフレはつづき、なんでもかんでも食べ物は安く不自由なく手に入った。

 

賞味期限が切れたからと捨てられるコンビ二のお弁当、レストランなどで食べききれずにでる残飯、形が悪いからといい卸せない野菜たち。こういうことが当たり前の世の中になっていたのではないか。

 

 

 

食への感謝という言葉は、お米、野菜をつくってくれているお百姓さん、また戦後の食糧難を経験してきたおじい様、おばあ様しか口にしなくなっていたのではないだろうか?

 

 

 

そんな矢先、この東日本大震災により、多くの人々が食べ物をはじめ、水や電気などの大切さを嫌というほど知らされることになった。

 

こういう形でしか食への感謝を学べなかった!という事実はどこか悲しいものがある。

 

 

 

幸い私は日本から離れ、地震被害にも合わず、現在慎ましくも幸福な生活をシドニーで送っている。地震や津波で家族を失った人々や避難所で苦難な生活を虐げられている人々に対して、日本は飽食であった!などと言える立場でもないし、おこがましいのは重々承知の上である。

 

 

 

ただ日本の浪費や飽食、食への無感謝というあり方が、天災からではなく、日本人個人の気づきからかわっていたらよかったのに!と思えるのである。

 

 

 

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A9%E3%83%9E%E3%83%80%E3%83%BC%E3%83%B3

 

SBS

 

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一期一会を大切にしていますか?これだから人生は楽しい! その2

金曜に人と待ち合わす用事があり、美術館に出掛けた。

普段City(シドニー市の中心地区)に出掛けるときは多目に時間をとり、いろんな所に寄り道をして散歩を楽しんでからいくのであるが、その日は朝からバタバタとしていて、Cityに到着したのが待ち合わせ時間の15分前であった。

バス停から15分ほどの美術館であり、王立公園の横でもある。せっかく天気が良いのだからと少し遠回りでも公園内を小走りに進むことにした。

お気に入りの薔薇園コーナーを抜け、近道のつもりで行った場所でドンつきになり迷うはめに!それでも地図を持っていたので、なんとか時間どおりにたどりつけた。

それに運よく、知らなかったオーストラリアン・レインフォーレストなる小道をみつけ、大都会の中なのに、ジャングルに迷い込んだような楽しいひとときであった。

このロイヤル・ボタニック・ガーデンはお勧めのスポットである。観光でいらした方にはぜひ足を運んでもらいたい場所のひとつである。

2時の約束、受付で合う人に電話を入れてもらうがつかまらない。

これまたどうしたものか?と困惑していたら、たまたまそこにいた職員が、

「あれ、彼女ならさっきカフェにいたよ。事務所にいないから電話はでない。僕がそこまで連れていってあげるよ。」となった。まったく親切なオージーである。

そして待ち合わせの人とも無事に合えて話すことができた。

内容は、わたしが日本から古典楽器の演奏者を迎える予定であり、その演奏場所を探している。半年ほど前、19世紀フランス印象派の特別展があり、フランスにまつわるクラッシック演奏会が催された。したがい、日本に関する特別展の際、日本楽器による演奏会の可能性があるのかを話しにいったのである。

これまた運よく、来年のある時期に特別展があるので可能性は大となったのだ。

とんとん拍子に物事が進む!という言葉がそのまま起こっている様な不思議な日であった。

もう一つ不思議であったのは、担当者も私も、お互いに娘がいて、彼女等がアメリカとオーストラリア国籍を所持、シドニー在住、日本人とアメリカ人の血を受け継いでいるということを発見。もう演奏会の話より、そちらの話に花が咲いてしまったのだ。

彼女との出会いは’一期一会‘といえよう。人生いつどこで誰と出会うかはまったく未知の世界であるが、こんなことが突然起こると、日頃の悩みや様々な人生の苦悩がパァっと明るくなる。出会いを大切に、また人と出会うことを恐れていてはいけないのだな!と感じる日であった。

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満月を満喫した夜  日本の季節行事を海外で楽しみましょう! 

昨夜は満月。風もなく気温もそれほど低く(12度前後)なかったので、裏の小さな庭でお月様鑑賞をした。昨夜の月は柔らかい光で金銀の輝き、ロマンチックなブルー・ムーンではなかったがボッと瞑想?するのに最適のものであった。

半時間ほど毛布にくるまり眺めていたら、心がほっと落ち着いた。午前中、帳簿つけをしていたが、あまりにも支払いが悪いクライアントに腹を立てイライラとしていたので、この満月鑑賞はリラックスするのにおおいに役立った。

日本では縄文時代頃からあるといわれる行事の一つ‘秋の十五夜’であるが、我が家では、毎年母がススキと萩(秋の七草の一つ)などの山野草を活け、月見団子や里芋、秋の果物を綺麗に飾った。小さい頃からこの中秋の名月は我が家の行事の楽しみの一つであった。

行事といえば、日本には昔からの季節行事が多くある。

お正月、節分、お雛様、子供の日、七夕、十五夜など、それらを当たり前のごとく習慣にして、わたしは日本で育った。また父の実家長野の田舎に行けば、お彼岸やお盆、春秋のお祭りなどもこれに加わり、それは楽しかった。(お盆の迎え火や送り火は恐かったけど!)

そのせいか、アメリカやオーストラリアに住むようになってからも、それらを我流で現地調達できる物をつかい継承している。

ちょっと大袈裟な言い方であるが、こういう日本の行事を娘に教えることにより、日本文化や日本人のもつ人間性や思考回路が理解できると信じているからだ。

それに長く海外に住もうとやはり日本人気質を深く持っている自分であるから、これらの行事をしないと、なんだか落ち着かないのである。

日本人奥様で多国籍のご主人を持つ家庭で、その子供たちに日本語を教えない、教えるのが大変と考えている母親方がとても多い。したがい、半分日本の血が流れていようが、日本語が話せない子供がたくさんいる。もちろん日本で住んでいないから必要ないといえば、そうかもしれないが、母として子供と日本語で会話ができないという状況は、よほどその人達が英語に優れていない限り理解しがたいことである。

オーストラリアやアメリカでは、イースター、建国記念日、ハロウィーン(US,感謝祭(US,クリスマスなどが、季節や宗教的なメイン行事である。

アメリカ国籍も持つ娘にはアメリカ気質も学んでもらいたいから我が家はこれらもしっかりとする。

パーティ大好き家族であるから、なにかと行事が多くなるが、親しい友や家族と交わり、ご馳走を作って舌鼓を打つのは、とても幸福なことであると思っている。

海外留学している学生の方や、国際結婚で海外に住んでいる奥様方も、どんどん日本の季節行事をして楽しんでもらいたい。きっとあなた自身の忘れかけていた日本人気質が喜んでくれるのではないだろうか?

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ハーバー・ブリッジ閉鎖 プロテスタントの真意! 今後のシドニーの持つ大きな課題

先週金曜の朝、ある男性がハーバー・ブリッジに登り、離婚後の子供にたいする連邦、州政府のあり方に抗議した。その結果、ハーバー・ブリッジは2時間ほどすべての車線と電車路線が閉鎖され、シドニー一帯は半日ちかく交通大混乱に陥った。

通常通り運航されたのはフェリーだけであった。

ただでさえも混雑するシドニー市中心であるが、この日は通勤、通学に数時間費やした人々であふれたのだ。

我が家は、娘には橋を渡らないバスに乗せて学校へ行かせたが、いつもなら25分ほどの通学路が1時間かかったようだ。娘は「なにが‘Kids first’よ!」と家に戻ってからこぼしていた。彼の垂れ幕には、‘Plz help my kids’Kids first’と書いてあったからだ。

(意:わたしの子供を助けて! 子供を優先に!)

一時は人々の怒りが頂点に達したが、彼の事情や言い分を聞くとなんだか可哀想になり、今後、政府が見直していかなければいけない課題のいくつかとして、世間に波紋を広げた意味では大きな行為であったと感じた。

38歳、元軍特殊空挺部隊の(イラク従軍含む)彼は、ハーバーブリッジのパイロン横に車を停め、ロープで橋に登り、垂れ幕を掲げた’橋の頂点では、テレビ局やラジオ局に彼の主張を発信、7時に橋から降りたところを警察に逮捕された。橋はその間ずっと閉鎖となった。

‘連邦、州政府の持つシステムには大きな失敗があり、また学校や警察のシステムは子供たちを見捨てている。そして子供には意見をいえる場がない’‘親が別居、離婚した際に、私達の子供の面倒をみる人が誰もいないという事実に対して大きな失敗がある’’私は押しつづけてきている、これは自分のためだけでなく子供のためにしている。‘‘親の疎外シンドロームである。これは片方の親が子供を洗脳して、公正さもなく子供がもう一人の親を侮辱してしまう’‘これはDepartment of Community ServicesDOCS)への平和的な抗議である’これらが彼の主張であった。

彼の知人や隣人は、

’子供といるのをみたことがあるし、彼は子供をとても愛している。‘

‘うちの孫と遊んでいたけど、彼にあることがあり、1月から子供に合うのを拒否されている’‘単なる馬鹿な男と映し出されるのは耐え難い、彼は3人の子供をこよなく愛しているのに、子供が保護拘置され、子供の居所さえも知らされず、彼が凶暴になってしまったのもしっている’

友達は、‘彼の望みは子供と会うことだけなんだ!’と語った。

彼がどうして子供に合える許可を失ったのかは、きっと大きな理由があるはずだが、ここまで悲痛な叫びを聞くと、政府機関の決定の仕方にも何か無理があったのではないだろうか?

今後の見直し課題としては、

離婚後の子供養育権に対する政府機関の処方や措置のあり方。

莫大な税金をかけているいるはずのハーバー・ブリッジの警備のあり方。

そしてシドニー車社会の交通網の欠点である。考えたくもないがテロリストに橋が破壊されれば、市は麻痺状態になるからだ。

‘今朝、400万人ちかくの人々を詰め込む(大渋滞の意)行為をしなければいけないが、これが一日でもはやい子供への助けにつながるのなら、ゴールを達成したことになる’と彼は誇らしく語った。

一般市民に大迷惑をかけた行為は起こってはいけないことだが、こういう形でしか、彼の声を聞いてもらえなかったのか?なんとも哀れな状況である。

http://www.coffscoastadvocate.com.au/story/2011/05/13/climbers-protest-closes-harbour-bridge/

http://au.news.yahoo.com/nsw/latest/a/-/article/9408479/bridge-protest-man-just-wants-his-kids/

Nine network

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天体ショー&ハーバー・ブリッジが閉鎖?! 13日の金曜日 とんだハプニングの朝! 

暦の上では5月は秋!であるはずなのだが、一昨日は‘50年ぶりに気温が最低に達した’。寒いといっても7度くらいだから、東北、北海道などと比べればたいしたことはないが、5月でこれだと今年の冬がきっと寒くなると予想される。セントラル・ヒーティングもなく、古いレンガ建て、木製窓枠、隙間風だらけ、高い天井の我が家は、きちんとした日本の寒い地域用家屋ではなく、とても寒いのだ。

今日は13日の金曜日、なんとなく嫌な日と思っていた矢先、7時のニュースで速報を観る。ある男性がハーバー・ブリッジを閉鎖してしまったのだ。

最初は自爆テロ行為?と緊張が走ったが、元軍隊勤務の男性が、離婚後の政府の子供への支援が足らないことへの抗議として、ハーバー・ブリッジの頂点にのぼり橋を閉鎖するように訴えたのである。そして市の中心に入る側、出る側、両車線とも道路が閉鎖されてしまった。

朝早いうちに(720分頃)男性は逮捕されたから救われたが、この時間が長引いていたら、完璧にシドニー市は麻痺していた。

娘の学校は橋を渡ったノース・シドニーにある。家からは2通りの行き方があり、今朝は急遽ハーバー・ブリッジを渡らずにすむバスに乗せた。ヤレヤレであった。しかしテレビを観ていると、橋の両側で止められている大渋滞の人々がとても可哀想であった。

彼の言い分が間違いであるとは言いがたいが、こういう形で多くの関係のない人々に迷惑をかけるのはどうかと思われる。また今後はCopy cat(真似をする人)が出てくる可能性への懸念、またハーバー・ブリッジの警備をさらに強化するべきであろう。

もう一つは、明け方東方にて、木星が金星水星火星と連なるという天体ビッグ・イベントの日であった。50年から100年に一度しか並ばない星であり、ちょうど日の出の時刻に地平線上にて観ることが可能。

シドニー天文台の職員によると‘数年毎に2,3の星が近づくことはあるが、4つ星がちかづくのは極めて珍しい。’とのこと。前回同じ天体ショーがここで観れたのは1910年、次回は2056年だそう。長生きしてオーストラリアにいれば又観れるのだ!!!

5時に東地平線上に観える’はずだったが、残念ながら我が家からは建物が邪魔して観ることはできなかった。

先週、キャンベラ旅行に行く娘を朝5時に学校へ連れて行く途中、いやに木星が大きくキラキラと輝き、まわりに数個の星もくっついているな~!と見惚れてしまった。

その時は早起き鳥が得をしたような気分であったが、今思うと、これがあの天体ショーであり、ああ観れてよかった!!!と嬉しくなった。

今週末は、シドニー市のビック・イベントの一つ、ハーフ・マラソンがある。朝4時くらいから11時までは市の主要道路は閉鎖される。一般的にこういう行事のあと、道路が平常に戻るまで大混乱になり、市にはちかづかないほうがいいのだ。

そんな折り、知人が日本から到着する。英語の勉強にやってくる彼女は学校の人が空港から寮まで連れていってくれるそうである。無事に連れていってもらえることを願うばかりだ。

異常気象、ハーバー・ブリッジ閉鎖男性、交通大混乱、天体ショー、朝から忙しい13日の金曜日をむかえたシドニーである。

皆様の13日の金曜が平穏無事であることを祈りつつ。

情報源

http://www.heraldsun.com.au/news/more-news/planets-jupiter-venus-mercury-and-mars-to-line-up-in-australian-pre-dawn-sky/story-fn7x8me2-1226054048274

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原子力エネルギーに対するオーストラリアの姿勢と見解

オーストラリアのジュリア・ギラード首相は、316日東関東大震災直後にこの国の災害特別救助隊を送った。また4月自ら現地へ慰問、食料物資提供をした。外国首脳で被災地を訪れたのは彼女だけである。

わたし個人としては、これらの迅速な彼女の行動は素晴らしく、オーストラリアに感謝をしたい。

彼女の原子力エネルギーに対する意見を315ABCRadio Australia News)できいた。

‘オーストラリアにおける原子力産業の開発は必要であると信じていない。

原子力選択否かの論議を日本の悲劇的な災害と結びつけたくないが、原子力の必要性はない。この国には、豊富な太陽熱、風、地熱、潮など、原子力にかわる新しいエネルギーの源が多くある。従い、原子力エネルギーはここでは正しいとは思えないのだ。

日本は過酷な状況下におかれているが、原子力に関する長い経験から、優秀な専門家や技師が多くいる。行われなければいけないすべてのことは実施されている。‘

労働党の反原子力の意思は強く固いものであることが、彼女の言葉からわかる。

オーストラリアには原子力発電所が一つもない。日本に比べ産業、人口、都市の規模の違い、またその他の豊富な資源があるから、必要がないと言ってしまえば、それまでだが、あえて原子力を選ばない姿勢をとってきているからである。

原子力発電の要であるウラニウム産出量は世界の23%を占め、1位のカナダに次いで第2位の産出国であるオーストラリアが原子力を選ばない。

ウラニウムばかりでなく、石炭や自然ガスを豊富に持つ国であり、それらが原子力発電を選択しないできた大きな理由でもあった。

また私の勝手な意見であるが、物質的な贅沢を優先したり選ばず、大自然と人間がいかに共有して生きていくかという点が重要視されているからだと思う。

2003年からウラニウムの値段が上がりはじめ、また地球温暖化を阻止するためにも原子力を開発していこうという動きが2006年ジョン・ハワード首相政権下で提案されたが、この国の反原発キャンペーン者、科学者による調査の結果、原子力使用が他のエネルギーの代用や地球温暖化阻止には繋がらず、またウラニウム採掘自体が温室効果ガス排出におおきく影響していることを発表したのだ。

その後、クイーンズランド州、タスマニアなどは原子力開発禁止の道へと向かったのである。

福島第一原発の油断のできない悲惨な状況は、ただひたすら専門家に最善方法を見つけ、力を尽くしてもらうしかないが、現時点で、他の県で使用されている原子力発電所は稼動させておいていいのであろうか?

まったくの素人であるから、何を馬鹿なことを言っている!と思われるかもしれないが、

少々不便になろうが、国民ひとりひとりが力を合わせて、他のエネルギー開発へと動く意見、風潮を押し出していけば、こういった惨事は将来防げるのではないか?

あるサイトでみつけた言葉がある。

’精神レベルが高いところには自然災害がおきる。精神レベルが不安定なところには人災が生じる‘

リビア情勢、エジプト反政府デモ、ビンラディン殺害、アルカイダ報復宣言、報復テロなどはすべて人災である。人間が天災でいとも簡単に命をおとしてしまう時勢なのだから、なにもわざわざ紛争や戦争により人が命を失わなければならない、というのは大きな間違いである。

日本の地震と津波は自然災害であり避けることはできなかった。ただ運悪く天災が今回の福島第一原発事故の引き金となってしまった。

あとのその対処に関しては人災である。

原発という便利?なものを日本が選択したからには、すべての事故や自然災害を想定して100%ちかく危険を阻止、またその対応ができるまで、稼動をするべきではないのではないだろうか。

一日もはやい日本の復興を祈りつつ。

情報源

http://en.wikipedia.org/wiki/Nuclear_power_in_Australia   ABC 

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‘Concert for Japan’舞台裏に徹した爽快な夜! at Sydney Conservatorium of Music

54日 NSW州立音楽院のホールにて東日本大震災へのチャリティー・コンサートが開催された。箏、和太鼓、尺八、剣舞をはじめ、オーストラリア室内管弦楽団で活躍している日本人バイオリン奏者、ピアニスト、ビオラ奏者などが集まり、チケット売り上げ総額すべて日本の赤十字に送る慈善募金コンサートであった。

そんな中、わたしはケーターリングのボランティアとして参加することになった。

簡単な和食を作るように、プロのケーター(仕出し屋)をしている友達に頼まれた。

最初は和菓子!と話していたが、シャンペーンとワインがだされるから、それならカクテル・サイズの稲荷寿司と丸寿司を作り持って行くことにした。

会場ではコンサート前半を楽しみ、インターバルで台所に向かった。

小さな台所でお料理もできない場所であったので、準備されてきたものを切ったり、お皿に飾ったりするのが私の役目。

メニュー

卵と鶏のサンドイッチ

ライ麦カナッペにのったレア・ビーフ ビート・ルートのピュレと西洋ワサビ和え

梨とピメントのクリーム・パテ

玉葱サワクリーム スモークド・サーモン ディルをのせたチコリ葉

バジル・ソースとクリームチーズの巻きもの

カラメライズ玉葱とフェッタチーズのタルト

4種類のショット・冷製スープ

丸寿司とミニ稲荷

わたしの家庭的な稲荷寿司、丸寿司がプロのオードブルと並べられるのは、ちょっと不安であったが、誰もが美味しい!と喜んで食べてくれたので、そんな声を聞きとほっと胸をなでおろしたのだ。

家ではパーティやら誕生会でいろいろと料理をするほうではあるが、こういった公式なオードブル料理挑戦は初めての体験である。一番気を使ったのは大きさ、サイズをすべて均一にすることと美しく飾ることだ。例えばチコリの葉っぱの長さをすべていっしょに切らなければいけない、またカナッペの上にのせるビーフやソースの量も同じにしなければいけない。

時間を忘れ、没頭して飾り続け、時計をみたら11時になっていた。

翌日、歴史旅行でキャンベラに向かう娘を5時おきで学校まで連れていかなければならない。最後までいられず、12時前必死に音楽院の長い階段をのぼったのだ。

舞踏会ではなかったが、なんだかシンデレラがパーティ会場から去って、家にもどっていくような心境であった。

音楽院を一歩でると、澄きとおった夜空に満点の星がちらばっていた。

5月はシドニーの一番綺麗な季節である。

コンサートチケットは100ドル、主催者は売れ行きが不調であると心配していたようであったが400人聴衆が集まり成功を収めたようだ。

震災にあい苦難な生活を虐げられている人々の手元にこのお金が届き、少しでも何かの役にたててもらえたら幸いである。

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