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2010年10月

母の趣味と娘の体育  海洋スポーツを満喫しましょう!   in Sydney

オーストラリアは海洋スポーツの宝庫。お馴染みは、ケアンズやグレートバリアリーフでのダイビング、シュノーケリング。ブリスベン、ゴールドコーストでのサーフィンなどであろう。クイーンズランド州に比べれば年間を通して水温は低いが、シドニーでの海洋スポーツも見逃せない。すでにマンリーやボンダイ・ビーチはサーフィンの世界的メッカ地ではあるが、マンリー横のCabbage Tree Reserveは、海洋公園が広がりダイビングも可能である。シドニーから20分ほどのモスマン郊外スピット(The Spit)ではカヌー、カヤック、ヨットを手軽に。シドニーから1時間半ほど北上したマコリー湖では水上スキー、ジェットスキー、釣りなどを充分楽しめる。

あなたの趣味はと聞かれ、ごくごく普通に絵画、音楽鑑賞とあげるが、さらにボートがある。(競艇ではありません!)

天気の良い日に公共フェリーに乗りCityに向かうのは大好きだが、小型ボートの免許を取得しており、時間と余裕があれば友人のボートを引っ張り出し、シドニー湾に20分ほどでたどり着くことができるのだ。

5,6年前、突然友人が、昔乗っていた小型ボートの売り出しを見つけて、

「いまからボートを見にいくからいっしょに来ないか?」これが私のボート趣味始まりであった。

その時は、ボートを買う???どこに保管するの?どうやって運ぶの?ハテナがぐるぐる頭の中を巡っていた。しかしここシドニーは大きな河川が多く、水陸路がとても発達している。一般市民でも釣り用の小型のものからクルーズ用ボートなどを持つことが比較的簡単にできるのだ。

近所にパラマッタ川という大きな川が流れていて、この川をシドニー湾からさかのぼっていくと、公園沿いなどいたる所にボートランプ(桟橋やボート進水路)が設けられている。従ってアクセスがとても簡単なのである。

ボートは通常、牽引するトレーラーといっしょに売っている。保管場所はアパートの車庫や、家の駐車場など。乗用車と同じ大きさであれば、簡単に駐ボート?できる。それより大きくなるとマリーナに有料で保管する。また川沿いに建っている家は、個人の小さな桟橋を持っているので、そこにつなげておくだけである。(これは一般市民ではないが!)

ボートが趣味?!!シドニーではごくごく普通のことなのだ。

そして高校9年生(日本の中学3年生)になる娘の今学期の体育授業はヨット操縦。

超高級ボートが並んでいるスピット(The Spit)のマリーナでは、海洋スポーツのレッスンを受けることができる。

一度はこっそり覗きに行こうか?と目論んでいる私であるが、娘にみつかると怒られるので、まだ見に行っていない。3人で1組となり小さなヨットの操縦法を習っているようだが、毎週砂だらけになり、ニコニコ顔で帰ってくる。よほど楽しいようである。

ボートに乗り潮風を顔面に目一杯受け、水しぶきをあげながらバーバー・ブリッジの下を潜り抜ける瞬間がなんとも爽快で心地良い。Cityのビル群とオペラハウスが見えてくると小さな感動が走り、浮世の嫌な事が一瞬にして消えていくような感覚である。

残念ながら、日本で海洋スポーツはお手軽に!というわけにはいかないが、シドニー観光に来る人々には、是非一度試してもらいたい海洋スポーツである。

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テレビ・コマーシャルからみるお国柄  ショック療法大好きオーストラリア

朝のニュース・ショーで、世界のユニークなコマーシャルを観て楽しむ時間がある。昨日はソニーのWalkmanの猿のコマーシャル(CM)が流れた。きっとすごい昔のもので、よく探しだしてきたな!と感心してしまった。

シーンは草原に立つ猿がWalkmanをしんみり聴いているものであった。美しい音楽と風景、まるで音楽を聴いているかのようにしんみりした猿の顔だけであり、商品の説明など一切ないものである。娘と2人で「これって日本よね~~~!」と頷いてしまった。

通常、冗談のきついものや異常なCMを紹介するが、この日のニュース・ショーでは、、一風かわった猿CMをホストたちはいたく気に入っていた。

CMというのはお国柄をあらわすものだと思う。オーストラリアでは商品がいかに良いか、ライバル社のものがいかに悪いかなど、説明が多いものが主流である。子供にはぜったいにみせたくない品の無いものも多い。これに反して日本はイメージを売る。従って綺麗な背景や心温まるシーンに音楽が流れるものが多いのだと思う。(日本のテレビCMもほとんど観ていないので違っていたらごめんなさい)

きっと言わなくても通じる文化など、ここオーストラリアには通用しないからである。

ここ数年、タバコ喫煙や若者の飲酒乱用がいかに体に危害を加えているか、という政府のスローガンCMが多い。口腔癌の患者の顔、タダレて指がない足、肺や気管支がドロドロ黒くなっているシーンは、思わず目をそむけてしまう。ショックを与えることにより、禁煙者が増えてくれればいいのだが、タバコを吸わない人や子供には刺激が強過ぎる。また選挙が近くなると、各党、また成治家への批判ばかりを流す。どちらかというと、相手の非を暴いたり突いたりするより、自分達はこういう風に政治をする!ということを主張したほうが聞く側も気持ちがいいのに、といつも思うのだ。

昨夜CMのあり方レポートのような番組を観ていたら、ついに政府が肥満問題について対処するCMを製作したようだ。一部で全部は観れなかったが、これがまた疑問のわくCMであった。

内容は、若いが疲れた顔をした母と34歳位の男の子がいる。テーブルの上に、母親が茶色の紙袋から麻薬?の包み、注射、スプーン、ライターを並べる。そしてヘロインの粉?をスプーンに乗せライターであぶり、注射器に入れる。最初は、きっと麻薬反対のCMだろう!と思っていたが、それにしてもリアル過ぎるし、これでは何も知らない人に‘こうやってヘロインは使うのだ’と教えているようなものである。

正直言って、自分も、へえ~こうやって注射器に入れるんだ!と思ったのだ。

そしてゾッとしたのは、母が子供の小さな腕に注射をしようとする。どうして?子供に打つの??? 子供が静かになるの???そんな人いるの????

そこでシーンは母が子にハンバーガーを渡すのに変わった。この茶色紙をジャンクフード(バーガーなど)の包装紙と見立てていたのだ。ここまでくると過激すぎて、肥満防止対策でしょ?もっと他にないの?と疑問ばかりであった。

まだこれは流されてはいないが、流れたら、そうとう反論が持ち上がるであろう。それを政府は狙いとしているのであろうか?

その国の人間性や社会のあり方を知る上では、様々な国のCMを観ると参考にはなる。しかし、ショック療法より、賢く綺麗に洗練された日本のCMのほうが私の性には合っているのだ。

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音楽学校-王立ボタニック公園-美術館-豪雨&チキンパイで完結した土曜日 

最近足を運んでいなかったお気に入りの美術館で、19世紀フランス巨匠特別展を開催しているのを見つけ出かけることにした。今日はおまけにミニコンサートもあるという。生の音楽を聴きながら絵を鑑賞という組み合わせがおもしろそうだ。美術館の近くの音楽学校で勉強している友達を尋ねる約束をして、ローストビーフ・サンドイッチを詰めてバスに乗り込んだ。いつものシドニー独特透きぬけた青空であった。

ランチを食べた音楽学校(Sydney Conservatorium of Music)は、生徒にとってとても恵まれた環境にある。建物の素晴らしさはもとより立地条件が最高。シドニー湾を見渡すサーキュラーキィやオペラハウスから7,8分、真後ろに緑の宝庫、王立ボタニック公園がある。ここでは頻繁に、学生によるコンサートが10ドル~20ドルで開催されている。観光でシドニーを訪れた方で、オペラハウスはちょっと格式が高すぎ、ただ純粋に音楽を楽しみたい人々にとってはお勧めの場所である。http://www.music.usyd.edu.au/

ランチとおしゃべりを終え、王立ボタニック公園を歩き出すと、バラ園で結婚式が行われていた。http://www.rbgsyd.nsw.gov.au/welcome_to_bgt/royal_botanic_gardens

ビクトリア調のサンドストーン造りのコテージをはじめ、バラ園、パームハウス、亜熱帯センターなど様々な場所でレセプションを開くことができる。おとぎの国に迷い込んだような場所である。珍しいバラや香りに包まれつつひたすら美術館に向かう。2時から始まるコンサートに間に合いたかったのだ。http://www.artgallery.nsw.gov.au/

今回どうしてもみておきたかったのは、絵の鑑賞と音楽をどのように組み合わせるかである。自分も日本人画家のプロモートをシドニーでしており、何回か個展を開催している。そして来年は日本の古典音楽演奏家を呼び、演奏会と個展を組み合わすことも考えているのだ。

19世紀の巨匠達の展示は好みの絵ではなかったが、横で開かれたコンサートは素晴らしかった。展示室の横のあいたスペースに小さなステージと椅子が50客ほど並べてあり、ロイヤルオーストラリア海軍のチェンバー・オーケストラから4人の金管楽器アンサンブルがきていた。曲目は19世紀フランスの音楽家のものである。

名前から察してロシア系と思われる若い女性のフルートがお見事。フレンチホルンの柔らかな温かい音も味わいがあった。美術館への入場料は無料であるが、この特別展は10ドル。1時間のコンサート付きならとてもおねうちと思えた。

コンサートと特別展鑑賞も終わり、他の展示を鑑賞しつつ、外を見ると豪雨と雷の嵐である。

シドニーの天候や気温差はまったく油断がならない。今朝は日がまぶしいから日傘を持ってこようと思っていたのだ。持ってくればよかった!この便利な日傘は日と雨と両方向きなのである。雨宿りをして、雨がおさまった頃、また王立ボタニック公園を歩くうちにおなかが空いていた。

日本の食文化の豊かさを嫌というほど味わったばかりだったので、いったいここで何が食べれるかしら!と迷いつつ、前から気になっていたサーキュラーキイの小さなパイ店でチキン&マッシュルーム・パイを買ってみた。あつあつでチキンたっぷり、寒さと歩きに疲れていたわたしには大満足の味であった。味は違うが肉まんをホクホクして食べる感があった。しかしあの日本のコンビ二がここにあったらな~~!としみじみ思う。

こんな風にしてSydneysider(シドニー地元民)に戻っていく私である。また人生時間速度が落ちていく。

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オーストラリア人よ、このままでいいの? 皆で太ればコワくないの? 

日本に帰国して先週シドニーに戻ってきた。

空港に降りてまず最初に感じたのは、なんて空気が美味しくって乾いているの? どうして空が好きぬけるような青色なの? 機内では、なんて海が美しくエメラルドグリーンなの! 今更ながらここの自然美に感激してしまう。

そして数日過ごすと、まるで時間が止まっているような感覚に陥った。

1年に一度、我が家のメインイベントの帰国は、日本で3週間いろんなことを凝縮する。家族や大切な友達に会わなければ、温泉、観光して行きたいところに行かなければ、日本でしか食べれないものを食べなければ、と必死になり、まるでネズミがクルクルとまわっているように、私と娘は動き続けたのだ。今時間が止まったように感じるのは、そのせいなのだろうか?

いや、ここシドニーは東京にいたときより人々の生活速度が遅いのである。

せっかちでいつもいそいでいる生活より、のんびりしていて大らかでとっても良いことだけど、たまにこのままでいいのかな?と心配になり、何か物足らないような感じがする時もある。まあ、1ヶ月もしたらこのスローペースに巻き込まれ地元民と同じ速度になるのであるが。

次に感じたのは、どうしてこんなに多く肥満体質の人がいるのであろう??

食料を買いにショッピングモールを歩くと、日本のお相撲さんに近い女性を多くみかける。でも皆可愛くって、この人痩せたらきっと綺麗だろうな!ってイラヌ想像をしてしまう。男性で大きい人はキウイー(New Zealandのマオリ族か、南諸国の島出身)やフットボール選手(筋肉質)が多い。島諸国の人々は文化や歴史的背景から、いかに大きく太っているかが大切であるので、まあ、それを良しとしている。しかしオージーの若い女性(20,30代)、特に赤ちゃんや幼児を連れているお母様が異常に大きい。彼女等は妊娠中に太ってしまい、出産後もきっとそのままであり、そのうちどうしようもなくなりどんどん太ってしまったのか。そういう人に限り、格好いい旦那さんと歩いている。彼女等はこのままでは旦那さんが浮気するのでは、と心配はしないのかしら?

またイタリアやギリシャ系のビッグママ(大きなお母さん)の後を、これまた大きな子供たちが連なって歩いていくのを見ると、いかに食生活が肥満に影響を与えているのだな~としみじみ思うのである。体質で太りやすい人もいるし、何らかの病気で運動が出来ない人もいるから、あまり厳しい意見はいいたくないが、オーストラリアが世界で肥満第一位のアメリカを抜くのも時間の問題であろう。

しかし、あまりにも皆んな太っていて、日常茶飯事、大きな人々をみていると、なんだかそれが普通になってくる。これが大衆心理なのか。‘私だけではないのね’、と安心してしまうのか?自分ならあそこにたどり着く前に絶対に手を打つのにな~と、???が幾つも並ぶ。

数日前、政府が‘ジャンクフードのGST(消費税)を現状の10%から、あと5,6%引き上げる?’などとニュースをやっていた。肥満から起こる疾病にかかる医療費が増え続け、それの対処法の一つである。タバコ、若者の飲酒など問題が増える度に、その税金をあげるという短絡的な案が持ち上がるオーストラリアであるが、果たしてそれが解決に結びつくのであろうか?

私はそうは思わない。根本的な肥満対策は、各々の自覚が必要、真剣に食生活をかえて運動量を増やして解決していくなど、まったく本人しだいなのである。

ロサンゼルスで仕事をしていた時、ビバリーヒルズやマリナデルレイなどのスーパーに行くと、まわりの買い物客すべてがモデルかスターのように美しい老若男女であった。美容整形?とエキササイズ、高価な洋服は彼等の人生の必須条件であり、美への追及には莫大な努力とお金を賭けていることであろう。彼等を見るたびに、‘自分もちゃんと綺麗にしなくては’と心がけていたが、今この辺りのスーパーでは、まだまだ大丈夫!と妙に安心してしまう。いつまでも若く健康な自分を維持する為には、きっとハリウッド的な環境にいたほうがいいのかもしれない。まったく将来が心配なオーストラリアである。

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それでも海外留学の夢は捨てきれず!           in Sydney

去年帰国したときに、ある留学斡旋事務所が倒産?し、多額の前金を払っていた留学希望者たちが泣き損をしたというニュースを聞いた。詳細はわからなかったが、なんてひどい話なのと、他人事ながら悲しい思いがした。

そして今回帰国したとき、友達の知人がオーストラリアに留学したいとのことで、話を聞きたいと言われ、その人と会うことになった。 なんとその彼女は上記の被害者の一人であった。6ヶ月間のカナダへの旅費、滞在費、学費すべて120万円ちかく支払い、カナダへの夢に胸をふくらませていた矢先、その事務所に出向くと、たった一枚の張り紙が残されていただけであったそうだ。彼女はバイトを幾つもかけもち必死になって資金を貯めたタイプである。親のすねかじりとは違い、しっかりと自分の夢を現実化ようと真面目に生きている真っ直ぐな子であった。

そんな仕打ちを味わっても海外体験の夢は消えないようであり、彼女はまたバイトに明け暮れる生活に戻り、願わくばシドニーを訪れてみたいようであった。

「もう日本のエージェントを通せば、中間で取られるお金が増え費用が増すばかりだから、ビザを取得して、直接シドニーに来て、現地で学校なり仕事場なりを探したら。」などとアドバイスをした。彼女の場合はワーキング・ホリデービザの取得である。学生ビザの就労が週20時間と限られているのと比べて、このビザのほうが働く機会が多くとれるし、学業に専念しない分、いろんな体験が可能である。

彼女の海外体験の目的は?という質問にたいしては、「英語のマスター」であった。

この英語のマスターであるが、様々なワーキング・ホリデーの若者をみていると、やはり本人の相当な努力が必要である。英語に限らず語学というのは、文法を把握して堪能に話せるだけでは足らない。大切なのは、その国の社会、政治、文化、食、国民にふれ、それを理解しようとする心と頭脳を大きく持つことである。その要領が小さく、受け入れる姿勢がなければ、その言語をマスターしたことにはならないのだと思う。この国に何年住もうが、日本人のコミュニティーで生きている日本人は英語のマスターどころではない。

若者もここシドニーで日本人経営のエージェントや英語学校に行き、日本人の友達を作り、彼等としか時間を過ごさず、本当のシドニーを何も知らずに日本に戻る人がたくさんいる。

我が家に滞在していた子も、その一人であったが、多額のお金を出している親御さんも一向に構わないといった風であり驚いたことがあった。

海外体験をして、日本を外から見ることにより改めて日本の良さを知るなどの利点もあるのだが、それに気づく若者はいるのであろうか。

昔、ある女性が帰国直前に「シドニーって、やはりオペラハウスとハーバーブリッジが美しいだけなんですね。私にはここの魅力何一つ見つけられませんでした。」とポツリ。

この時はさすがに腹が立ち、「ここに来て、日本の会社でアルバイトに明け暮れ、英語勉強もままならず、地元の人とも交わらなかったあなたに、シドニーの何がわかるの?お願いだから、あなたの体験や偏見を、シドニーを知らない日本の人々に話さないで。」

真っ青なシドニー湾とビル群を一望できる緑の芝生が広がるハーバーブリッジ真下の公園で潮風に吹かれながら、彼女の言葉に唖然とした。

温暖な気候に恵まれ、またこんな大都会なのに大自然と共有している街は世界にも数少ないのではないだろうか。こんなことすら彼女にはわかっていなかった。

昔に比べて簡単に留学や海外体験ができるご時勢である。どうかこれを良い方向に活用して各々の人間の成長の過程としていただきたい。そしてそんな素晴らしい機会に恵まれるなら、おおいに地元に溶け込んでもらう努力を惜しまないでもらいたいものである。

食べず嫌いは損をするのです!

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一瞬のすきからあなたも加害者、被害者になりえる! 事故を目撃した朝 in Sydney  

今朝、信号待ちをしているとき、前に止まっていたオートバイがなぜか気になった。青になっても彼はすぐに進まず、どうしたのかしら?と思いつつ、少し間をおき、オートバイのうしろにつづいて車を発信した。

そして一瞬のうちに彼は見えなくなったから、相当急いでいたのかなと思いつつ、小さな上り坂を超え直線になった時、なにやら先の路上に小さな破片が一杯ちらばり転がっているのがみえた。前を走っていた車たちも徐行をし始め、近づくにつれ事の重大さに気がついたのだ。

そのバイクの彼が道路の横にある歩道の芝生の上でうつぶせに眠るように倒れていた。自分は車に乗っていたから、すっとその場を走り抜けるのが精一杯であり、でも、何これ?彼どうしたの?と少々パニックになってしまった。

かぶっていたヘルメットは無く、うつぶせの体から察すると、妙に頭の角度が変であり首の骨を折っているようであった。また頭からは多量の血が流れていた。ジーパンは破れて太ももが見えていたからバイクが倒れた後、道路をこすったのであろう。また足の骨組みからみると正常ではなく完全に折れていた。その少し先に、大慌てで車を止めた若い女性が現場に走っていくのをバックミラーで追った。ビクとも動かない彼と血の量や首の角度から考えると即死も考えられる。

前を走っていた車を追い抜こうとしてバイクがスピードをだしていたのか、前の彼女が後ろを良く見ないで車線変更をしたのであろうか?

シドニーでは主要道路の一つで交通量が多い道路であるが、この辺りは直線であり簡単に事故の起きるような場所ではない。いったいどうして?

それにしても、なんとも鳥肌の立つすさまじい光景を見てしまい、ただただ彼の命が無事であることを祈るだけであった。が、一つ間違えば自分もその加害者になりえるという恐怖、そして、あの信号を戸惑っていた数秒の遅れがなければ、彼は何事もなく彼女の車を抜いていただろうに、いろんな考えが頭をぐるぐる巡りはじめていた。

バイクの彼は今朝、生死をさ迷うことなんか微塵にも予想していなかっただろうし、運転していた彼女もこんな事故を起こすことは想像もしていなかったであろう。数秒違っていれば、ごくごく普通の通勤であったのだ。この一瞬、数秒の違いで人生が変わってしまうのである。

この事故を目の当たりにして、いかに自分が健康で元気で事故もなく毎日生きているのか、という思いに包まれた。小さなことに怒り、悲しみ、辛い愚痴なんて言っている場合ではない。元気に五体満足に生きていられることの幸福を今更ながら感じるのであった。

縁あってこのブログを読んでくださった皆様も事故にはくれぐれも気をつけてください。また日頃忘れがちな、元気に無事故で生きているという大切な事柄に気づいていただければ幸いです。

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綺麗な街角と親切な日本人が大好きな娘            in Tokyo

「マム、どうしてゴミ箱ないのにこんなに街が綺麗なの?」銀座を歩いていたら娘にこういわれた。ふと見渡すと、確かにそうだ。こんなに人口が密集して、四六時中多くの人が歩いているのに道路に落ちているゴミが少ない。シドニー中心地を歩くと、タバコの吸殻、ガムの紙、空き缶などなどいたるところにゴミが落ちている。またシドニーではどこでも見かけるグラフィディ(壁の落書き)だが、日本では滅多にみたことがない。

郊外により移民の出身国が偏っているオーストラリアでは、とんでもなく汚れた町がある。マンション管理組合会社の仕事をしていた時に気がついたのは、インド系、イスラム系の建物が一番汚れていた。マンション住民の公共のエリア、玄関、廊下、階段に平気でゴミを捨てるのだ。建物の新旧に関係なく捨てるのだ。郵便受けの下は空の封筒や広告が山ほど捨てられている。またバルコニーから庭へのタバコ吸殻投げ捨ても多く、火事になるのに???と呆れてしまう。あれほど宗教熱心な国民性の一般常識を疑わざるを得なかった。(注:こられは私の目でみてきた郊外だけですので、すべてがそうではなく偏見を持たないように)

もちろん日本にも汚れた街はあるであろうが、ここオーストラリアとは度合いが違うような気がする。日本人はとても綺麗好きなのである。

「日本のお店の人ってどうしてこんなに親切なの。」買い物に行くたびに娘が感心した。

アメリカに比べたらオーストラリアの接客態度は気さくで優しく親切、でも日本はもっともっと上をいくのである。今回はどの土地でもどこのお店に入っても一度も嫌な店員はいなかった。名古屋駅で新幹線に乗る前に、あるケーキを無性に食べたくなった。娘はいらない、とのことで一個だけたいそうに箱に入れてもらうのに気がひけたのだが、今ここで食べなければ、また1年食べれない!と思いあるカフェでケーキを買うことにした。

それでも若い店員さんは「大丈夫ですよ、遠くにいかれますか?ドライアイス入れておきますね。」とニコニコしてケーキを箱につめてくれた。そしてわざわざ外に出てきて、「お気をつけて、いってらっしゃいませ。」と一礼して渡してくれたのだ。この時は、とても心温まる思いがした。ロボットのように連呼しているデパート店員の「いらっしゃいませ。」とは違い、真心こもったこの若い男性の接客態度はとても有り難かった。

5,6年前、新幹線に乗るときに、のぞみやらひかりやらわけがわからなくなってしまった。そばにいた若いスーツ姿のキャリアウーマン風の女性に「次に来るのはXX駅に止まりますよね、」と確認したら「あそこにサインあるでしょ?それみりゃわかるでしょ?」と言われた。まったく!!きっと彼には猫なで声で話しているだろうが、へんな親子連れ(私達)には冷たかった。確かに彼女の言っている通りだが、むしょうに悔しくなって、そのあと娘と2人で会話を英語に切り替え、私達日本語読めません!という振りをした。

この時は日本も変った、親切な日本人はいずこに?と悲しくなったが、今回の旅では多くの親切な日本人と出合い、‘日本人はやはり親切なのだ!’とホッとした。

日本を離れ外国に住むと、日本の良さと悪さがさらに深くみえてくる。娘にも体験してもらいたいことがまだまだ山積みの我が家である。

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