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2010年8月

文化摩擦は無知から生まれるものであり、その違いは教えなければいけない in Sydney

娘は和太鼓を習っている。生徒や先生はほとんどオージーやヨーロピアンからなる団体で、コンサート・ツアーを展開するプロ太鼓奏者メンバーはすべて日本で長い修行を積んできている。従って西洋音楽影響を取り入れた正統な和太鼓のグループであるといえる。

娘のクラスは12歳から16歳まで男子と女子15人からなり年長の男子は7歳から始めている子が多く、彼等は大人顔負けであり力強く素晴らしく太鼓を打ってくれる。また子供といえども、他の楽器を(ピアノ、バイオリン、クラリネット、サックスホーンなど)小さい時から習ってきている子が多く音感が良く吸収力もはやい。大人の生徒(他100人ほどいる)も侮れないとても上手い子供軍団なのだ。

先週クラスの途中であることを目にした。先生が説明をしている間に、数年以上習っている15歳の男子生徒が撥を足でゴロゴロ踏んで転がしていた。それをつい目撃してしまった私はなんとも不愉快になった。そばにいたオーストラリア人の若いアシスタントに「あの子注意したほうがいいのでは?」と言ったが、彼女は知らん顔をした。その後、いそいで帰ったのでそのままであったがどうも後味の悪い光景であった。やはり日本人として撥を踏むという行為は見たくないものであった。

その後、まわりの意見を聞いてみることにした。長年日本の会社と取引をしてきたオージーの上司に聞くと「残念ながらオーストラリアにはそういう文化はない。(この場合撥や楽器を敬う)だから誰かが教えなければいけない、子供達はちゃんとそういうことを習っているのか?自分も日本の会社との摩擦は日本人から教えてもらわなければ知らないことが山ほどあった。そしてその教えがあったから取引を円満にこなしてこれた。」なるほどである。

イギリス人の同じクラスの母親に聞くと「これってオージーの悪いところよね、そういう文化がないから。」彼女は東京に数年住み太鼓を習っていた人でもあるから私の小さな怒りを理解してくれた。

今週クラスの後、オージーの先生に状況を話すと「前からきちんと教えてきたが、彼は(撥を踏んでいた子)クラスでの態度にすでに問題がある。でももう一度話しておく。」と一言。

また今週のクラスではある女子が自分の番を待っている間、疲れて切って太鼓に腕を寄りかけて休んでいたので、それも加えて先生に話した。先生は‘またか’という苦虫をつぶすような顔をした。彼女のクラスでの態度の悪さに彼はもう何回も注意をしてきたようである。

彼女もクラス内で落ち着きの無い子である。クラスの途中にガムを噛んでいた時は詰まったら窒息するのにと少々心配した。またWhaling Sucks!(捕鯨は最低)と書いてあるTシャツを何回も着てきた。確かに捕鯨は考慮しなければいけない問題ではあるが、なにも日本の太鼓のクラスにわざわざ着てこなくてもいいのに!と思った。またそれを教えることのできない親にも問題があるのではないのか?

まず文化の違いは教えることが大切である。無知と経験がないからしてしまう行為がほとんどであるからだ。それを踏まえた上で、教えられた側がそれを尊重してまた態度や姿勢を見直す必要がある。今回の2人はそれを受け入れる器量ではないようであった。

また子供がクラスを受ける姿勢なり態度は根本的に親が躾けておいてほしいものである。義務教育の学校ではなく、これは趣味の音楽クラスであり、誰もが授業料を払って太鼓を真剣に学びたくてきている。先生の立場から考えると文化的な基本をある程度教えれば毎週それを連呼する必要はないし、態度の悪い生徒を躾けるのは彼の仕事ではないからだ。

和太鼓は日本舞踊や武道に通じるものがありシャキッとした姿勢で打つのが基本である。合気道を習っているオージーと日本人のハーフの男子は太鼓を打つ姿勢がとても美しく、みていてとてもすがすがしく気持ちがいい。

しかしこの事柄から、いかに自分が日本的であるか!という点を思い知らされた。何十年と海外に住もうと大和魂は強く存在している。単なる口うるさい日本人母と思われようが悪いことは悪いのだ。これを教えて直していく事はとても大切だと思うのだが!?

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‘Hondaが世界を救う!’ Top Gearでの絶賛は大いに価値あり! In Sydney

あまりテレビを観ないほうでありがいくつか大好きな番組があり、そのうちの一つにTop Gear(トップ・ギア)というイギリスの番組(BBC)がある。

車の紹介そして走行実験などを放送している番組であり、ホスト役3人のイギリス人おじ様たちがとても愉快である。真面目に車の性能を追求するかと思えば、かたや3人が不思議な車を改造して競争したりする。イギリス人特有のブラックユーモアがなんとも可笑しく、また世界あちこちに神出鬼没しているから、その美しい景色が観られるのが魅力でもある。

少し前に彼等は日本でも競争をしている。ジェレミー(ホスト)の一人は日産のスポーツカーを運転、あとの2人は公共の乗り物に乗る。石川県から東京までどちらが先に到着するかを競い合った。途中で沢蟹の干しおつまみをぼりぼり食べたり、駅の弁当売り場で漬物を見つつ、いったい何を買っていいのか迷ったり、首都高の渋滞に巻き込まれ真っ青になったり、日本の景色や文化を垣間見る点では普通の旅番組よりはるかに新鮮であった。

先週はキャンプに行くためのキャラバンカーを改造して競いあった。この3人なかなか器用で車のメンテナンスはもとより、自ら車を解体してきちんと走るように仕上げてしまう。一人は3階建てのキャラバンカー。一階に日本庭園、2階はハンモックをぶらさげた寝室、3階はなんだったか覚えていないが、高さがあるのでスピードを出すこともできない。高速で大きなトラックが横を抜かしていくと、その風圧で倒れそうになるのだ。もう一台のキャラバンカーは箱型組み立て式になっていて、キャンプ地に到着すると一枚一枚ベニヤ板を出して部屋を組み立てるのであるが、強風のため板が倒れる始末。その板には綺麗に絵が書いてあり、本棚の絵の板で囲んで‘ここが勉強室’と家を作り出すのだ。

これを観ていて大笑いである。大の大人が真剣に必死に競い合い、またその発想が子供のような視点のときがあり、それがまた可笑しいのである。日本で放映しているかは知らないがDVDが出ているので車ファンにはぜったいに観てもらいたい番組である。車に関しては専門的になり過ぎる時もあるからお笑いばかりではない。真っ白のヘルメットをかぶったテストドライバーが実は有名はF1選手であったりもする。速いわけだ!

この日の締めくくりはHondaFuture car(未来の車)と題してFCX Clarityをジェームス(ホスト)がロサンゼルスで試運転して性能を紹介した。彼は新車を褒めに褒めていた。

最後にジェレミーが、

HondaF1から撤退したが、Hondaは世界を救うかも!」この一言で終わった。

なんとも素晴らしい言葉であった。私事だが、社員でもないのに日本、カリフォルニア、シドニー3国でHonda車に乗っているほど好きなメーカーである。車批評にはいつも辛口の彼等からでたこの言葉には感激してしまったのだ。

情報元:BBC TVシリーズ Top Gear 

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十代の若者を持つ親の心得 彼等の繊細な心へのサポートは必要不可欠 その3  

小さい子供はいつもお母さんやお父さんに抱っこしてもらえるが、10歳くらいを境にそれがなくなる。日本には残念ながらハグという習慣はほとんどないから、この抱っこがなくなってしまう。まして父親と娘があんまりくっついていると変な目で見られてしまう。ハグだけが大切とはいえないが、スキンシップやいっしょに時間を過ごすということが必要なのだ。

一時アメリカで‘日本人が川の字になって親子で寝るという習慣が良い’と言われ話題となったことがあった。いっしょに寝ろとは言わないがこれが必要不可欠な子育ての原点ではないのか。

今は容姿ともに似て仲が良く、姉妹?!のような親子であるが、我が家には親子断絶の時期があった。ちょうど小学校を終えハイスクール(オーストラリアは中学と高校がいっしょ)に入る前の夏休みであった。その時私は仕事に終われ、娘を家に残しほとんど家にいなかった。夏休み中、友達と合うときは車で送迎するだけ、それ以外彼女が一体何をしてしているのかさえ知らなかった。彼女の言葉や態度はどんどん悪くなり、部屋に閉じこもりほとんど会話もなくなっていった。その時は一抹の不安はあったが単なる反抗期と思い、そのうち落ち着くだろうと、事の重大さに自分は気がついていなかった。

ある日、インドネシアの知人と合い話をする機会があった。20代の息子と娘を持つ彼女は彼等との関係がとても良い仲良し親子である。彼女に娘の状況を話したらこういわれた。

「母親でなくベストフレンドになりなさい。いっしょにいる時間を増やしてなんでも話しなさい。映画、買い物、食事、とにかくいっしょに時間を過ごしなさい。反抗期なんていういい訳をしないの!」心の底から熱く話す真剣な彼女の眼差しをみて、ふと我に返ったのだ。

このままではいけない、仕事を理由に娘との時間を減らしてはいけない。まして自分が疲れているからといって、むやみに子供を叱っていた自分が恥ずかしくなった。あと数年したらどんなにいっしょにいたくても娘は巣立っていく。今ここで彼女としっかり会話できなければ彼女が大人になっても深い会話のできない関係になってしまう。

家に戻りすぐに自分の態度を変えた。まず仕事の量を減らすように努め、仕事の疲れを家に持ち帰らないようにした。そして言葉選び、多くの愛情のある言葉を浴びせつづけた。こちらでは夫婦はもちろん親子でも‘I love you’’という言葉を頻繁に使う。日本語に直訳して愛してる!だとちょっと重く照れてしまうから、‘大好き’でいいと思う。OOちゃん大好きよ!よく頑張っているね!など褒める言葉を増やした。決してゴマを擂れと言っているのではない。

OOOしては駄目!というより、こうしたら?という助言の方向に持っていく。否定を肯定にかえていく。躾や一般常識はしっかり教えるが、OOをしなさい!という命令はなるべく避ける。時間はかかったが我が家の親子断絶は終わった。今振り返ると、あの知人の言葉がなければ今の私と娘の関係は築けていなかったと思う。

縁があり親は子供を授かった。子供が欲しくても授からない人は山ほどいる。子供に恵まれたという幸福なことを肝に銘じて親は子供を大切に育てあげていくものだと思う。子育てをないがしろにして手を抜けば必ずそのトバッチリがかえってくるのだ。

仕事が忙しい、年頃の子供は何を考えいるかわからない、反抗期だから、これはすべて親のいい訳であり、それを並べていても解決の糸口はみつからない。

宿題、塾、ゲームなどで親と時間を過ごす子供や若者は無にちかくなっているかもしれない。手遅れになる前に、いや手遅れになってからでも打つ手はある。

これは親だけでなく学校の先生たちにも言えることでもある。いや社会の大人全般にいえることだ。多感な10代の若者をもっと温かい目でみて、優しい言葉をかけてあげるのが必要な世の中なのではないのだろうか?

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十代の若者を持つ親の心得 彼等の繊細な心へのサポートは必要不可欠 その2 

今回の娘の友達が他国へ移転するという出来事を目の当たりにして、今更ながら移民で成り立っている国だから起こりえる事なのだと実感した。親が離婚したら日本国内ならほとんどが都道府県が変るだけで友達と2度と合えなくなるというケースは少ないであろう。 まああ、日本の現状況では離婚したらどちらかの親に合わせてもらえないパターンが多そうであるが。これも見直しが必要な問題である。

私は子供の頃、父親の仕事の関係で転校を繰り返した。父親の転勤が決まるたびに、家族より仕事を優先する父親を恨んだものだ。仲の良い友達との別れの悲しさ、新しい環境へ入っていくことへの難しさを身をもって体験した。中部地方圏内での転校であったが、都会から田舎へ移ったとき、その閉鎖的社会の新しいものを簡単には受け入れてくれない気質、そして方言の違いでいじめられ自律神経失調症になった。それでも楽観的また肯定的な母親からの教えでなんとか切り抜けた。数十年すぎてから「2人で踏み切りをわたるときに、このまま2人で自殺しようって思うほどだった。」と母親から言われたときはショックであった。そんなにひどい状態まで陥っていたのだ。

でもこの辛い体験があったからこうして国をかえて生活していけ、また独り身になっても娘を育て異国でなんとかやっていけるように鍛えられたのである。いまとなっては貴重な体験を与えてくれた父親に感謝である。きっと日本での試練や訓練がなければ、現在の私は存在せずにどこかで挫折していたであろう。また自分の場合は異国人と結婚をして国を変え、またそこから他の国へ移る、これはすべて自分の選択であり意思であるからして、その責任は自分が持たなければいけないのである。

話が少しそれてしまったが、いかに親の言動が子供に影響するかという点を親は必ず頭に入れてほしい。仕事、家事、まわりの人間関係、社会的な重圧などに振り回されている親の立場もよくわかるが、特に繊細な心を持つ十代の若者にはもう一度原点に戻って子育てを考えなければいけない。大人たちの生活ストレス、離婚による大きな人生の変化、また子供同士のいじめなど様々な問題を抱えている子供は路頭に迷うのである。子供から大人への成長の狭間に立ち小さなことでも悩むのである。それではいったい子育ての原点とは一体何であるのか?

つづく

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十代の若者を持つ親の心得 彼等の繊細な心へのサポートは必要不可欠  その1

1ヶ月前、娘(14歳)の小学校時代に仲の良かった友達から‘あと2週間で中国に戻る’という連絡がきた。違う高校に通い出したから合う機会が減った2人であったが、娘はすぐに彼女と合う約束をした。突然決まったことのようで、また中国からの移民が多いなか、こういった逆のパターンはあまりきいたことがないから娘も私も驚いたのだ。

事情は彼女の両親の離婚であり、父親が中国に戻り母はシドニーに留まることになり、彼女は父親について中国にいくことを選んだのだ。この選択にも驚いた。どちらかというと人の良さそうなお父さんは自営業で、子供たちが小学校の頃娘を迎えに行くと、よく見かけて話した人である。奥さんも良さそうな人であったがとても強い印象であまり本音で話さない人であったのを覚えている。娘の友達が国や学校をかえるという大きな冒険!をしてでも父親を選んだという気持ちがなんとなくわかる。それにしても大きな大きな冒険である。

娘を迎えに行ったとき、その友達は明るく笑顔で‘中国という国を知らないから、きっと良い経験になると思う’と言っていたが、どこか寂しげであった。その明るさが妙に悲しくなり、ただただ彼女の勇気と肯定的な態度に‘頑張れ!絶対に大丈夫よ!’としか言えず言葉につまってしまった。そして娘と彼女と3人でギュッとバグをして別れた。

そして先週また突然、娘の親友の一人がこの国を去ることになった。今回は異様な旅立ちであり当事者、娘をはじめ親友グループのショックがとても大きかった。

中国系オーストラリア人の彼女は父親がアメリカでビジネスをしており、母親と弟と彼女3人でシドニーに住んでいた。日本ですらほとんどいなくなっているようなタイプの父親で、遠くアメリカにいても頻繁に子供をチェック。友達の家に泊まりにいく、友達との映画や買い物、誕生会はほとんど許可されず、学校と家の往復でありいつも父親の監視下で育っていた。そして今回のこの引越しもいったいどこの国にこれから住むのか一切聞かされずに決定に従うだけであった。信じられない話だが、彼女はたった1週間前にこの国を出ると聞かされたのである。

ここ数日、娘と親友グループはパニック状態であった。電話も切れて連絡も取れない。土曜の朝の便で中国に飛び立ったようだが、最後にあうことも許されなかった。上記の友達と違って彼女の意志はまったく無視である。彼女がどこに行くのか、そして理由もなにも知らされず、いったいどんな気持ちであったのであろう?旦那さんに何も言えない奥さん(母親)はいったいどんな状況なのであろう?不可解としか言いようの無い別れである。

娘と親友グループは土曜の朝みんなで合い悲しみにふけっていた。お稽古事のクラスがあったので、みんなで黒い洋服を着て出かけ(娘曰く‘喪に服す’)、ハグを何回もして励ましあっていた。

親友の一人の親と話したが、最近彼女はおじいさんが大手術をして命を取り留めたり、彼女の他の友達も家族とともに急にマカオに戻ることになり‘私のまわりからどんどん人がいなくなるかもしれない’と心配しているそうだ。イギリス人の父親は‘今できることは、ずっと娘の側にいる時間を増やすことだ’と話していた。

14,5歳という年頃はとても繊細でありいろんなことに過剰に反応する。

そしてまわりで起こっていることに対して、もし自分がこうなったらと考え、その対処がわからず悩んでしまうようだ。親になんでも話せる子供なら心配はいらないが、もし話そうとしてもしっかりそれを聞いて受けとめ、なんらかの答えを導いてくれる親がたくさんいるのであろうか?まして親になにも話せない子供はこういう状況下になればいったいどうすればいいのか?

土曜の朝友達の家に連れていく車中で娘が一言、

「わたしはいいよね、もしマム(お母さん)が日本に帰ることになったら、ダッド(お父さん)のとこに行けるもの。わたしにはオプションがある。」と言っていた。

これを聞き、ここまで考えているのか?と驚いてしまった。

つづく

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たかがオーストラリア製品、されどオーストラリア製品!  甘くみないで! 

今朝のニュースでオーストラリアのテニスシューズブランド、ボリーズ(Dunlop Vollys)がニューヨークで大ヒットしているという話をしていた。そのヒットに一役買うことになったデザイナーは去年オーストラリア旅行に来たときに、建設現場などで労働者が履いている靴に目をとめたそうだ。軽く、履きやすく、値段も安いキャンバス地のベーシックデザインはまさにクラッシック、それが今NYで流行ろうとしている。

このニュースを観て、まだまだ未発掘の素晴らしいオーストラリア製品が山ほどあるのだ!と嬉しくなった。

というのは5,6年前の話だが、輸出業の代理店をしていた関係で東京にオーストラリアンの上司とマーケットリサーチに出かけ、とても嫌な経験をした。新宿のデパートの食品売り場を何軒かまわりその関係の人々と話す機会をもうけたときのことだ。

あの頃はオーストラリアのワインは今ほど出まわっていなかった。あるデパートでは、「ワインならドイツかフランスのものしか我が社は扱っていません、オーストラリアではね!」チーズの売り場に行くと、ドイツだのフランスだのこれも妙に威張って話していた。

忙しい中、アポイントメントも取らずに急に邪魔したからだろうか、その部のマネージャーの女性は迷惑そうに説明をして「これも必要ありませんから」と、話のあと、私達の名刺をつき返してきた。名刺がいらなければ我々が帰ってから捨てればいい、何もつき返さなくても!と思った。

彼女は世界で一番空気の綺麗なタスマニアで育った牛たちの乳製品を食べたことがあるのであろうか?チーズやヨーグルトはとても美味である。オーストラリアのワイン・メーカーはどこもヨーロッパ諸国からやってきた移民たちが作っている。つまり元祖はフランス、ドイツ、イタリアであり、オーストラリアでも土壌に恵まれ、彼等の経験や知恵からワインが美味しくできるのである。確かに歴史は浅いが、飲んでもいない人間にオーストラリアだからといってそれを馬鹿にする資格なんてない。

新宿のど真ん中の地下食品売り場のマネージャーなる人物があまりにも偏見の目を持ち、新しい国のものに挑戦する意思がまるでゼロであったのはとてもショックであった。

そしてその横のあるデパートの食品専門店に行くと、そこの店長さんはしっかりと私の説明を聞き、その後、「それなら本部のこの人に連絡しなさい。」と電話をしてくれた。結局輸出までは到らなかったが、その店長さんの大きく温かい心には感謝であった。

NYのボリーズの靴から話は大きくそれたが、オーストラリアだから歴史が浅いからなんていっている場合ではないのである。

私はオーストラリアの皮の履きやすいワークブーツが大好きである。どうしても日本の人々に紹介したい代物である。日本やアメリカから遊びに来た友達はみんな‘そのブーツをどうしても欲しくなり’きまって帰国前にそのブーツ買いに必死に走りまわる魔法の靴である。

こうやってオーストラリア製品が世界に羽ばたいていくのを見ていると、また輸出代理店業を再開してもいい時期かもしれないと思えてくるのだ。

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若者の飲酒乱用ついに世界1位!お酒の値段をあげる要因になるのか? in Australia

ニュースで‘オーストラリアの若者の飲酒による暴行、乱用、飲酒依存が増加をたどり、ついに世界1位になる’とあった。まったく不名誉な話であり‘その対策の一つとして値段を高くすれば?’という案が持ち上がった。この国のタバコの値段はとても高く(タバコ一箱10ドル~する)、つい最近また値上げしたが、それにより喫煙者が減ったのであろうか?タバコはまわりに迷惑をかけるからどんどん値上げてほしいと思うのだが、お酒も?と気になった。

数週間前ロシアで山火事が発生、その影響で穀物輸入量が激減すると予想され、オーストラリア国内のパンやビールの値段が上昇するというニュースを聞いたばかりである。この時は、へえ、オーストラリアの穀物は自給自足ではなかったの?と驚いた。

しかしロシアの山火事による原料不足からの値上げの影響は仕方がないとしても、このオージー若者達の愚かな行為により酒税や値段を上げるというのはどうも腑に落ちない。量はたくさん飲めないが静かにおとなしく、ほんの少しワインやビールを楽しんでいる一般庶民にその波風が襲ってくるのはおかしいのではないだろうか?(自分のことです)

タスマニアの生牡蠣やニュージーランドのムール貝とオージー産白ワイン、オージー牛のフィレや子羊と赤ワインの美味なこと。我が家の平和なワイン&美食会の値段をあげるなんて!と少々腹立たしくなった。

今年の4月、アメリカ カリフォルニア郡はファーストフード店で、485カロリーを越える食べ物のおもちゃ添付を禁止することにした。マクドナルドでハッピー・ミールをおもちゃ目当てに買う子供は多い。ハイカロリー、高脂肪、食品添加物を含む食べ物の消費量を規制することにより子供の肥満を保護するというものである。

そのニュースの後、アメリカのあるトークショーで、ある女優が「わたしはあのおもちゃのコレクターよ、ハッピー・ミールのおもちゃがなくなるなんて!子供すべてが肥満ではないのだから、そんなことは親が管理することである」と話していた。まったくの同意である。

個人各々で管理するべきことを自制のきかないある一部の人間のために政治が関与しているのもおかしい。子供の頃、グリコのおまけが大好きで集めた覚えがある。こういうものを楽しみにしている子供がほとんどではないだろうか?

子供の肥満化の大きな問題は認めるが、ハッピー・ミールが大きな原因とは思えない。不健康なファーストフードを習慣化させてしまう親がわるいのだ。そんな手段より、イギリスのジェミー・オリバー(有名なシェフ)のように学校や親に食べ物選択の重要さを教育するほうがもっと大切である。

1月にこのブログ‘Happy Australia Day”の実態は?’でもふれたが、オージー若者の飲酒問題はとても大きな社会問題である。その時は、現時点のお酒の飲める年齢を18歳から上げるという案が持ち上がったが、結局何もかわっていない。もちろん年齢や値段を上げてその問題が解消するとは思えないのだが。

若者の飲酒問題も子供の肥満化も簡単な対処法ではすまされない深いものがある。こういうときに普通にちゃんと暮らしている人間に影響を与え、我慢をさせるという世の中は公平ではなく、真によくないのである。

情報元:CNN  channel 9 news

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犯罪低年齢化への対処は? いじめへの補償が認められる! Australiaいじめ事情 その2

今年3月ヴィクトリア州でいじめにあっていた女子に対して、犯罪被害者保護裁判所はいじめていた女子が10歳以下であり犯罪として起訴するのには若すぎるいう判決を下したが、それを最高裁が覆した。

犯罪被害者保護裁判所は、「子供の喉を裂くという脅しは真実味に欠け、犯行の動機がないようである」と被害者への補償を却下した。それに対して最高裁判官は「彼女等がしたことは明白に意図があり、また相手に傷つけようとした意図も明白である。」と同意しなかった。

その女子は小学校2年のときから、毎日数人の女子に、殺すぞという脅迫、はさみや割れたビンでの脅し、殴る蹴る、鉄棒から落とし腰を怪我させる、など異常ないじめにあっていた。‘数千ドルにも満たない補償額は微々たるものであるが、この最高裁の判決は百万ドルを勝ち取ったよう。法律をかえたようなものでしょ?すごい報酬よ’と母親は述べていた。

しかし‘15歳になった今でも同じ女子からフェイスブックで嫌がらせを受け、小さな街であるから顔を合わすこともあり、心的外傷後ストレス障害(PTSD)を患い、悪夢や不安神経症(Anxiety)に悩まされている’とあった。

いじめは一人の人間の一生を大きくかえてしまう悲惨な行為だ。オーストラリアの子供は、子供らしく生き生きしている、なんて思っていたが、こういう悲しい事実も存在する。

9日、メルボルンの郊外で散歩中の親子が化学薬品を投げつけられ、乳母車に乗っていた12ヶ月の男子とその母親の横をいっしょに歩いていた2歳の女子が顔などに焼けどや怪我をする事件がおこった。少年2人が公園の歩道の横に位置する駐車場の最上階から強い化学薬品を投げたのだ。

そして後日のニュースでは、それを投げた少年の一人が9歳であり、10歳以下であるから起訴されないとのことであった。またこの少年や何人かの若者がこの辺りで昼間からたむろしていて、住民等は「彼等の親はいったいどうしているのか?」「いつか何か事件が起こると予想していた」とテレビのインタビューに答えていた。警察はこの事件が意図的か事故なのかを検証しているようだが、子供の悪ふざけ?また罪にもならないのでは被害者としてはいたたまれない。

側にあるレストランのウエイトレスは、泡状の何かに覆われ真っ赤になった子供と叫んで助けを求めていた母親の悲惨な現場に憤りと嫌悪の渦であったそうだ。こんな小さな子供に子供が危害を加え、それが頻繁に起こる世の中になってきているのであろうか?10歳以下は起訴できないという法律ももっと見直していかなければいけないのでは?

なんとも胸の痛くなるニュースであった。

情報元:news.com.au the Herald Sun

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お願い事をするときは慎重に明るくプラス思考で!

こういう英語がある。

Don't wish too hard. You might regret.

訳すと、あまり強く願わないほうがいい、後悔するかもしれない。

つまり願いごとをする時は真から起こって欲しいことだけにするべきである、というものだ。最初オージーの知人からこの言葉を聞いたとき、意味がうまく把握できなかった。 誰にとっても願いは、それが現実化してほしいから願うはずなのでは?という疑問がわいた。

しかし願いとは人それぞれであり自分の都合やエゴばかりを中心に願い、相手側を無視し、ほんとうにその願いが叶ってしまえば、とんでもないことになりえることもある。願いや日々の思いというのはすべてにおいて肯定的にしておくべきであるといえよう。

7月にこのブログに書いた、はかない命を大切に生きることを忘れないで!のなかの友の一人が余命あと数ヶ月と宣告された。 

あの内容のガン闘病中の“子供が巣立ち、退職後は夫婦仲良くやっていこうと思っていた矢先”というのは実は旦那さん側の見解であり、奥さん側の見解ではなかった。それに反して奥さんは、“どうやって今後彼と1つ屋根の下で過ごしていこうか?毎日3食、ご飯の準備をしなければいけないし、なにも趣味の無い旦那と四六時中いっしょにいる自分は想像できない。”よくある日本的熟年夫婦のパターンである。別に旦那に毒を食らわし早死にしてもらおう!なんて思っているわけではなく、まったく無害のものであるが、悲しいかな、これが奥さん側の見解であった。従って、意識の上でも無意識でも彼女は、“どうか彼といっしょに24時間過ごさなくてもいいように”とどこかで願っていたのかもしれない。夫婦にしかわからない夫婦の事情があるので、彼女がそう願う理由もきっとあったのであろう。そして最悪の状態で彼女の願いが叶うことになってしまった。もちろんこんな形になるなんて誰もが願うわけはないし、あまりにも突然の発病と短期間の悪化は想像を絶するものである。

この話が偶然とか寿命だったと言ってしまえばそれまでだが、こういうマイナス的な願いはけっしてしないほうがいいと感じた。人の願いや日々の蓄積する思いというのはとても強いものがある。もし奥さんが“2人の共通点はないけど、今後は2人で楽しめる趣味を見つけよう!”旦那さんが“妻には迷惑をかけたから2人になったら旅をしよう!”などという願いをしていたらどうなっていたのかな?と考えてしまう。

誰もがお願いをするのなら、明るいプラス思考的なものにしていくべきであろう。各々の利益ばかりを考えず、世界の人々が一丸となり戦争のない平和な暮らしや地球美化を願えば、きっとそれなりの効果があるのではないだろうか? 

皆さんも今後なにかお願いごとがある時にこのブログを思い出していただけたらありがたい。

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オーストラリア(NSW州)における教育の利点から学べること  その2

日本の中学と高校を一つにして6年間高校(High School)がある。高校は住んでいる地域により学校が決まるが、Selective High School(選択可能)という勉強重視の公立高校があり、地域に関係なく試験に受かればその高校へ通うことができる。試験は小学6年生の1学期に実施され、希望校を4校まで選び点数しだいでその合否が決まる。6年生になったばかりで、将来の6年が決まるというのは少々心配でもあるが、小学校でOCクラスと一般公立小学校との勉強の差を目の当たりにすると、このSelective高校と一般校の違いも似たような状況になることが懸念される。

毎年大学へ入るための試験(HSC)総合点のトップ50校の結果が新聞で発表されるので、そのSelective高校の順位が一目瞭然となる。従って‘その1’で書いた教育熱心な親御さんたちはSydneyにあるNSW州&キャンベラ地区のトップの高校を目指すために塾通いを子供に強要しつづける。

トップの高校に万が一入学したとしても男子が多く、きっとついていくのが大変だろう!と思い、娘の意思に従い評判の良い女子高などを受けさせた。

高校へ無事入学した後、ある中国人のお母さんと話をする機会があり、「娘さん、どうしてOO校(トップの学校)を受けさせなかったの?OX(娘の受かった高校)よりいいのよ。」と言われた。仲の良い友達でその娘の入った高校すら受からなかった子がたくさんいるのに、そんなことをよく言うな!と目が点になった。しかし数年たった今、そのトップ校に入ったその友達は数学で学校内で最後のほうになり困っている。それに彼女は親をとても嫌っていて、信じられないような言葉つかいをしている。小学校の頃から「OO校に入らなければ家を出て行け!」と言われ、塾通いで友達の誕生会すらこれなかった彼女をみてきたが、なんとも悲しくなる。

子供の学校、仕事、さらに結婚などの選択にたいして、親のできることは良い指針を与えることだけなのではないだろうか。子供の本心に逆らい、親のエゴを強要する親子関係に明るい未来は無いような気がする。

Year10(10年生)でSchool Certificateの試験があり、それは将来どの仕事に就くのにも必要になり、その時点で義務教育は終わる。大学進学をせずその他専門職を勉強したい場合はTAFEと呼ばれる(Technical and FurtherEducation commision)専門学校、短大に入学したり、または仕事に就く。このTAFEは若いうちから専門課程を集中して勉強できる点から、必要の無い勉強に時間を費やすこともなく、素晴らしいシステムである。市民と永住権所持者など地元学生の学費は安い。数年前に自分は半年通訳のコースを取った。そのコースの学費は地元学生が600ドル弱、留学生は5000ドル払っていたから、留学生はよほど自分のやりたい勉強でない限り、クラスの選択には充分考慮する必要がある。

Year 11&Year12(1112年生)で大学進学への勉強を続けて、HSC(High School Certificate)という試験が12年生の9月~11月に実施される。そしてその点数しだいで入学できる大学が決定する。そしてその大学に入ればまた勉強に追われる日々がつづく。

オーストラリアの学期は1月末から始まる。4学期に別れていて、1学期は10週間、そして2週間の休みがあり次の学期が始まる。夏休みはクリスマス前から1ヵ月半ほどある。10週間勉強して’学校が疲れたな’と思う頃に、2週間お休みというパターンは子供にとってはとても良い環境だと思う。働いている親のためにも、ちゃんとホリデーケアー(小学校6年まで)があり、そこに預けると動物園やら水族館やらに連れていってくれる。

娘はハーフということもあり、日本での教育を選ばなかった。私自身、個性をつぶしてしまうような同一主義的教育は好きではない。国により文化や歴史的背景の違いは認めるが、子供をしっかりとした成人に育て上げるのは親や国の義務である。他国の教育制度の利点を取り入れていくことは今の日本にとって必要なことなのではないだろうか?

‘子供が子供らしく大人が人間らしく生きている’これがオーストラリアの魅力のひとつである。

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