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2010年6月

日本のお母さん、ティーンエイジの娘さんと時間を過ごしていますか?

あと数ヶ月で15歳になる娘とのSydney的ある週末の過ごし方を紹介したい。

週末はいつも和太鼓、ドラムのレッスンがあり大忙しの娘と私であるが、今週末は両クラスがなくのんびり充実した平和な時間を過ごせた。特に今年は冬季サッカー(女子サッカーチームに所属すると毎週1回練習と試合がある)を選ばなかったのでとても楽である。

まず土曜の朝、娘は得意のカップケーキを焼くことになり、私は濃厚チーズケーキに挑戦。料理が大好きで様々な国の料理をそれなりに作るのが自慢であるが、なぜかデザートは苦手である。いつも目分量でしてるから、ちゃんと量を量ってしなければいけないケーキ作りは面倒くさいのである。カップケーキの美味しそうな香りが漂うなか、娘は日本のゲーム(任天堂)に必死になり、漢字が読めないから横に座り込み、私を辞書がわりにしている。

私は‘書道アート’、書道と芸術をミックスした作品を時間があれば創作しているので、それに熱中した。

午後はちかくに大きな川を見渡せる公園があり、娘がスケード・ボードを持ち込み練習、私は散歩をする。芝生の緑、大きなユーカリの木々、緩やかに流れる水面を眺めるだけでほっとする公園である。気温は18度くらいでお日様にあたっていないと少し寒いが澄んだ空気が美しい冬の午後であった。

夕方、ローストビーフとスペシャル・クリーミィ・マッシュドポテトを2人で作り、キャンドルを灯しながら夕食を楽しむ。オーストラリア産の赤ワインが美味。もちろんデザートは朝焼いた濃厚チーズケーキ。習字に夢中になっていて時間を忘れ、少し焦がしたが、まああ初めてにしては上出来であろう。

そしてなんといっても今夜の我が家のメインイベント'月食&星空観察ショー‘の準備をする。裏に小さなコートヤードがあり、そこにゴザ、クッションをひき、毛布にくるまり2人で転がる。日本ではあいにくの雨で観れなかったらしい月食観察をした。明るいお月様が輝いているわりにはまわりの星たちも負けておらず、お月様が半分ほどになるころには、こんなに星が出てたのか!と感激した。シドニーは空気が澄んでいるから都会でも星はしっかりと輝いてくれているのだ。

天体ショーも終わる頃、のんびりと静かな時間を過ごした私達は大満足でベッドに入った。世間のティーンエイジャーと比べたことがないからわからないが、いまのところ我が家の母&娘関係はうまくいっている。

離婚をしたときに、ハーフの娘を連れて日本に戻ろうか、いやここで彼女の教育を続けさせてあげようか迷った時期があった。でも高校でオールA(親ばかですみません)を取り続けている娘にとって、ここでの環境や教育は彼女にあい、またこの選択は間違いではなかった。たった2人きりの家族であるが団結は固く、決して贅沢な暮らしもできないけど、お金では買えないものを築いている。

日本で娘さんとしっくりいっていないお母さん、2人の時間を大切にして愛を与えつづけ、いつも見本となる姿勢を見せてあげてください!それをみている子供は、あなたを裏切るようなことは決してしないでしょう。

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結婚を選ばなくなったアメリカン カップル!? 

オーストラリアは様々な国からきた移民で成り立っている国である、したがってヨーロッパ、アジアをはじめいろんな国のニュースをテレビで観ることができる。意味はわからなくてもフランス語のニュースを聞いて違った発音練習をしたりするのが好きである。ちなみに日本のニュースは前日のNHK7時のニュースを翌日シドニーで朝540分から観ることが可能である。

今朝アメリカのTV‘アーリーショウ’を観ていたらこんな話があった。

アメリカでは現在640万ほど関係をつづけているカップルがいて、この数は史上初、多くのカップルが結婚式や指輪の交換などせず長期の関係(同棲)をつづけているそうだ。また多くの人が仕事を持ち経済的にまた精神的に落ち着いてから結婚をするという結婚年齢も上がってきているそうだ。

これらがその番組でのコメントであった。

‘結婚するという重圧感がない、だっていっしょに住んでいるだけならいつでもその場を去れる’‘親やまわりの親しい友達の離婚経験をみて、その辛さを痛感しているから結婚が用心深くなる’‘結婚の意義も人それぞれであり、人によっては結婚へのイメージがあまりポジティブでなく、関係が悪化すれば醜い修羅場となると思う人もいる‘ などとあった。

昔、あるアメリカの知人が、‘結婚を決めたときに相手にプリナップPrenuptial Agreements(結婚前に、離婚した際に相手の財産に一切関与しない法律的な書面)にサインしてもらうか?’ということを話していた。つまりその人は多くの財産を所有していて、カリフォルニア州なら何%?(結婚年数と離婚理由、弁護士によるが)、離婚する際に元伴侶に取られてしまうことを懸念していた。

またあるシドニーの知人はヴィザが欲しくて結婚をしようかと迷っている人がいる。フィリピンから来た友達も結婚、離婚、再婚とお金持ちばかり狙って結婚しつづけている。

いったい結婚とは何なのだろう?

プリナップ?結婚前から離婚する可能性を頭にいれ、またお金の心配をしている。なんという悲しい話だ。そんな相手との結婚ならしないほうがいいであろう。またヴィザ目当、お金目当てという動機が不純では長い結婚生活つづかないのでは。自分の人生に正直に生きられないほど辛いことはない。でもこういう女性が多いから、先のお金の心配をする男性がでてくるのであろう。

男女の恋愛期間はよほどのソウルメイトでない限り、きっと最初の数年であろう。人生には山あり谷あり、ただそれを一人で乗り越えていくより夫婦2人で乗り越えていくほうが楽しみは増倍し悲しみは半分になるような気がする。そして結婚イコール一種の責任である。子供が生まれればその2人は親となり、2人で力を合わせて授かった子供を育てていくのはとても大切なことである。社会的にも結婚しているかいないかでは、どこか信用感が違うような気がする。

‘高学歴者が増え、労働に時間を費やし、女性の妊娠可能年齢が上がったこと、結婚式が高すぎるなど理由は山ほどあるがアメリカンは結婚より同棲を選び出した’

離婚経験者、独り身としてはどちらの選択が正しいかは正直いってわからない。結婚イコール法律的な紙切れだけだった!と感じたのは事実であるから。

大切なことは根本的に‘本物の愛’があればどちらでもいいのだ。‘本物の愛’ならどういう形をとってもつづくものだし、幸福な人生を導いていけるわけだから。もちろん‘本物の愛’でなければいけないし、それを探し出すのはとてつもなく困難でもあるけど。

提供元CBS

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‘School for teen mum’ in Queensland 高校生ママのクラス誕生は喜ばしいこと?!

今朝のニュースでとても興味ある話を観たので紹介したい。

クイーンズランド州のある高校で在学中に妊娠し出産、そして育児をかかえた生徒のために特別クラスを設けたそうだ。最初は12人の生徒が対象であったが、いまでは病院や社会を通し口コミがひろがり45人の生徒がいる。

このクラスのきっかけとなったのは、その発端者の先生が妊娠したときにYear9(9年生、日本の中学3年)の女子が妊娠、同じ妊婦という立場で、妊娠してしまった生徒にとり‘いかに現状の学校教育をつづけることが難しいか’というのを感じたそうだ。その先生のすごいのは、それを助ける実行に移しクラスを設立したことである。これにより尊い命を堕胎という形で簡単に始末せず、また若くして母親になった女子生徒は高校を止めずに勉強をつづけ、母子ともに将来への希望を持ち生きていける。

十代の妊娠に賛成するつもりはないが、‘どうやって起きてしまった事に対処するか’という面からみると、この動きは素晴らしいものだと思える。ただ45人のママさん生徒がいるのか?というのは驚きであった。

土地柄というか住んでいる郊外、また選ぶ高校によって、子供たちの受ける影響や行動が大きくかわってくる。同じ年頃の娘を持つ母親としては大きな関心事である。

自分の知っている範囲内(シドニー)では、公立高校は試験に合格しなければいけない公立高校(Selectiveセレクティブ)であれば、勉強に必死に追われているので異性への興味があったとしても、妊娠まで到達する可能性は低い。住んでいる地域で決まる公立高校の場合、勉強にあまり熱心ではない近所の女子高の生徒は、バスの中やショッピングモールでどこかの男子高生徒とベチャベチャくっついているのをよく見かける。私立高校も様々であり、ユダヤ系の勉強熱心な高校にいっている娘の友達はボーイフレンドなんてまだまだという感じであり、普通の私立に娘を行かせている友達(日本人)は、「まわりの女子生徒は化粧、ファッション、男の子のことにしか眼中にないのよ、勉強なんてうわの空、でもうちの子は真面目で晩熟だから友だちも少ないの。あんな高校に行かせなければ良かった。」とこぼしていた。

テレビのインタビューでは子供を抱いたママさん生徒の一人が、「これで勉強をつづけて大学に行き自分の希望である看護師を目指します。」と言っていた。先生は「一般の生徒とまじわる機会を持たせ、十代で妊娠、育児をしていくことの苦難を理解させるとともに、そういった過ちを防ぐ最高の薬になる。」と言っていた。

日本で十代で妊娠したらどうなるのであろうか?予想としては親の猛反対、また本人も社会的な圧力に負けて堕胎をするのがほとんどであろう。また両親の理解がとても高く、勇気をふりしぼって出産したとしても、高校を続けるのはとても困難なのではないのか。

日本の十代妊娠の数が多いのか少ないのかは未知数であるから対処もなにもないが、少子化で悩む日本としてはこういう動きに焦点を当てていくのもいいかもしれない?

十代妊娠はできたらしてもらいたくないが、妊娠=落第にせず、生まれてくる命の尊さを考えるとこのクイーンズランドの学校はとても喜ばしい一石を投じたように思う。その先生に大きなエールを送りたい。

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妊婦に席をゆずらなくなった英国人の真相は

運転中だったから詳細は聞き逃したが、おもしろいニュースをラジオで聞いた。

英国でのある調査によると、ここ近年公共の乗り物内で妊婦に席を譲る人が減ったという話であった。これは人への思いやりが減ったという数字なのだろうか?と思いきや、事実は妊婦と思い席を譲ろうとしたら、実は体重過多の女性であり、お互いに恥ずかしい思いをすることが増えているからだそうだ。つまり妊婦さんに思えるほどお腹まわりの贅肉がたくさんついてしまっている20代、30代の女性が多いということだ。オーストラリアでも肥満は大きな問題であるが英国でも同じようである。 なんだか苦笑してしまった。

はるか昔、カリフォルニアでアメリカ史のクラスを取っていた頃、夏休みが終わりクラスが始まり、久しぶりにあった教授に「わ~妊娠ですか?おめでとうございます」と言い、「わたし妊娠してないけど」の一言で終わった。‘ああああ、言わなきゃ良かった!どうしよう!’と大恥をかいた。

この妊婦と間違える、間違えられるというのは両者ともに恥ずかしくって、ほんとうに困るのだ。

しかし日本では妊婦と肥満の違いというのは明らかなような気がする。私の知る限りだが、日本の妊婦はマタニティードレスを着ていて、「はい、私はおめでたですよ!妊婦ですよ」という風が漂っているのだ。それに日本では妊婦と間違えられるほどの肥満が多いとも思えない。また肥満傾向であっても、妊娠可能年齢範囲の女性でお腹だけ肥満する太り方体型も少ないのだ。

自分の妊婦時代はアメリカにいた。洋服のサイズがとても豊富であったから、一つ二つ大きなサイズの洋服を買っていた。たとえばサイズ4なら6か8という感じだ。仕事上、スーツやビジネス風の洋服を着る必要があったから、大きめサイズのそれらしきデザインを着ていた。それにあの当時マタニティードレス?ってアメリカで売っていたのだろうか?

大きなお腹をかかえロデオ・ドライブで写真撮影したり、Centruy Cityのホテルにセールスの挨拶にいった時は、「もう妊婦さんに来られたら断れませんよ」(電話ではよく話していたマネージャー)なんて言われたりした。そういう場でマタニティードレスではちょっといただけないのだ。

ラジオで聞いた英国の調査が気になり、ネット上で探してみたが見つからなかった。そのかわり、英国である女性が‘いつも妊婦と間違えられ、乗り物で席を譲ってもらう度に恥ずかしい思いをした’という記事を見つけた。しかし彼女は7kgもある嚢胞{のうほうが見つかり無事に切除して、もう妊婦に間違えられることもない、という話であった。

英国をはじめオーストラリアでは妊婦、お年寄り、子連れにはほとんどの人が席を譲る。日本はこういう弱者にとても冷たい、シルバー席などわざわざ設けられているにもかかわらず、ど~んと座っている人を帰国の度に多く見かける。

こういう風潮だからきっと日本ではマタニティードレスを着て‘私は妊婦よ!’と強調する必要があるのだ。

肥満の女性に席を譲って恥ずかしくなる英国人の心のほうがとてもheart04温かいのかもしれない。

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16歳Californian世界一周単独無寄港の夢は終わる。代償は Australiaが払う!?

行方が途絶えていたカリフォルニアの女子アビー(16歳)が11日(金)に発見された。世界一周単独寄港(最も若い)ヨット航海の記録に挑戦している最中であった。記録の夢は終わったが彼女が無事に見つかり家族や関係者は喜びに満ちているであろう。

「オーストラリアの西海岸辺り」という最後の両親への連絡から、カンタス航空A330Airbusのチャーター機が水上警察、航海無線専門者、レスキュー隊を乗せその海域に向かった。アビーはパース(西オーストラリア)から3700km離れた海域で見つかりラジオで無事が確認された。南海域でもさらに遠方であり漁船すら行かないような場所であり運よくフランス海域の島から捜査船がだされたのも助けの一つとなった。

'16歳で世界一周無支援無寄港単独ヨッ’成功にシドニー中が沸きあがった一日、5月このブログで書いたが、オーストラリア人16歳ジェシカが似たような挑戦を果たしたばかりということもあり彼女の安否がとても気遣われた。しかし新聞の記事を読んでいると少し首をかしげることがあった。

123日にロサンゼルス、マリナデルレイから出発、4月にはヨットに問題が起きていて、どこかで寄港して修理をする必要があり、その時点でもうこの挑戦は断念、ただ続けた。’ここでなんで?1ヶ月も続けたのという疑問がわいてきていた。ただ浮流されていたのか?こんな大事になる前に彼女はどこかに寄港することはできなかったのであろうか。

またこの時期の南インド洋はハリケーンの強い風の影響を受けて波が6070フィートにまでなるのを目撃しているオーストリアの有名なヨットマンIan Kiermanは「こんな時期を選ぶのがひどすぎる」と述べている。

‘オーストラリア海洋安全協会はマストを失ったときに衛生通信が不可能となり、救助飛行機はそうとう近づかないと無線をひろえない。’カンタスが出動。

マリナデルレイでヨットマネージメントを経営し長い事ヨットマンである父親は見つかった時に、「まったく悲喜こもごも。娘はみつかったが夢は破れた。」と述べている。

「彼女の無事がどんな記録よりもすべてであるから」とはあとで述べたが、ちょっと納得のいかないものがあった。

オーストラリア側はこれにかかった費用を請求するつもりは微塵もない。人の命を助けるのに代償はない。 でもこのカンタス航空のチャーター機、そしてフランスの捜査船、それに関与した人々の時間、これらはとてつもなく大きなものである。

若い人が夢を追いなにかに挑戦する姿は素晴らしく、まわりの人に大きく感動を与えてくれるのは事実である。 しかしまわりに迷惑をかける結果となってしまえば、あまりにも自己中心なのではないか?こうなる前になにか手が打てなかったのかとても不思議である。

今回は記事やテレビのニュースから仕入れた情報でしかこれを書いていないので、私の見解が間違っているのかもしれない。というか間違っていてもらいたい、でなければ無謀に記録だけ追いたいような若者や家族が今後出てきたら困るからだ。

情報元:aap (Australian Associated Press)The Australian

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人種差別の壁と向かいあった時 in Sydney

先日、娘とCity(シドニーの中心地)に買い物に行った時、ある事件に遭遇した。歩いていると正面50m先くらいから、みるからにホームレス(髭が伸びて汚れたコートに大きなビニール袋を持っている)とみられる男性がいきなり叫んで歩いてきた。酔っているのかドラッグ(麻薬)なのかわからなかったが、喋り方がおかしい。

叫んでいた言葉は、「Go back to your country!(祖国に帰れ!)」であった。もうこれは精神が普通でない状態の男性が異国人を的に叫んでいるのがわかった。目を合わさないか道をかえるかして避けなければいけない。緊張が走り、娘に「早く、道路を渡ろう、絶対に見ては駄目、なにか言ってきたら無視する」と小走りして避けようとしているその矢先、運悪く、私達の目の前を歩いていた中国系の若い女性がつかまってしまった。彼女に罵声やらわけのわからない言葉を吐きだした。その女性も逃げればいいのに、なんと彼に反論をし始めている。 相手は異常者なのだから無視をすればいいのに、思わず彼女を救って逃げようと思ったが娘がいたから、そんな余裕もなく、とにかく自分達だけ逃げた。彼の罵声はつづきまわりにも野次馬が集まりかけていたが、誰一人として彼女を救う人はいなかった。どうしようもない気持ちにかられた。 運よく数ブロック行くと交通整理をしていた警察官を見つけたので、走っていき状況を説明。 彼は無線のようなもので連絡を取ってくれたが、その後はどうなったのかわからない。

シドニーはロサンゼルスのダウンタウンに比べれば、とても治安は良い方である。それでも観光客が夜歩かないほうがいい通りとか行かないほうがいい郊外は山ほどある。 City(中心地)でも金、土曜あたりのパブやバーでの酔っぱらいの喧嘩は日常茶飯事である。若者の飲酒問題については1月の‘“Happy Australia Day”の実態は?’でふれたが、決してシドニーは治安が良いから安全ということはいえないのである。

この事件に遭遇して、8年ほど前のとても嫌な出来事を思い出した。シドニー中心から90kmほど離れたある小さな美しい海岸で遊んでいたときのことだ。田舎町にあるその海岸は夏でもあまり人がいなく、エメラルドグリーンの透き通った水と真っ白な砂浜が綺麗であり、ある夏の午後娘と砂遊びをしに訪れた。その時、隣にあるパブから千鳥足で50代くらいの女性が海に向かって歩きだし、見るからに酔っているのがわかり普通ではなかった。 突然、洋服のまま海に入り、やはり叫びだしたのだ。でもこの時は「Go back to China!」であった。 

私達は、誰か他にアジア系の人がいるのかしらと思い見渡したが、オージーのカップルや親子が十数人ほどいただけだから、どうやらその酔った彼女は、私達を中国人と思ったのであろう。だんだんその叫びが尋常でなく異常になってきたので、その場を去ろうかどうか迷っていた。 すると三々五々と遊んでいたまわりのオージー達が私と娘のまわりに集まってきて、

I am so sorry.」と謝ってくるのだ。同じオーストラリア人として恥ずかしい、彼女の言葉でオージーがみんなそう思っているなんて思わないでくれと言うのだ。

そしてみんなで私達を守るために囲み、その女性をニラミつづけたり、警察に電話をしてくれた。反面、その酔った女性は溺れそうになっていたが、誰も助けようともしなかった。その時は、とても長く感じたが、多分10分ほど叫びつづけ海から這い上がっていきどこかに行ってしまった。

この時の砂を噛むような、なんともやるせない気持ちは今でも心に残っている。しかしいっしょに居てずっと守ってくれたオージーには感謝であり、ああこの国に来て良かったと思った。アメリカでは常に緊迫感があったからだ。

親日家がとても多いオーストラリアであるが、やはり人種への偏見や厚い壁はいたるところにある。できたら遭遇したくないが、万が一こういう況になったら無視するしかないのである。

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あなたは小さな幸せに満足できる心を持っていますか?  In Sydney

数日前、突然娘が「マム、(お母さんの英語版)私達ってすっごく幸せよね。」ぽつりと一言、ニコリとした。 なんでかな??「うん、そうね、ほんとうに幸せね。」と答えつつ、朝の忙しい弁当、朝食作りの時間であったから、さっと流してしまった。その後、娘を学校に送り出してから、どうして急にそんなことを彼女が言ったのか考えてみたが、なかなかそれらしき理由がみつからずにいた。

この幸せという定義だが人それぞれ千差万別である。今でもSydneyの街角で見かける日本人新婚カップルのようにブランドを買い占めて幸せになる人もいれば、オペラハウスでシンホォニーを聴いて幸せを感じる人もいる。私なんか天気の良い秋空のもとハーバー・ブリッジを見上げるプールで泳ぐだけで幸せになる。娘に最近なにか特別なものを買った覚えもないから、いったい何が彼女の幸せなのか気になった。

ちょっと前にある知人に、「今日はこんなにHappyなことがあったのよ」と嬉しくなり話していたら、「いいわね、あなたはそんなちっぽけなことで幸福感を得られるなんてね」と返事がかえってきた。わたしに比べたら数倍良い暮らしをしている人である。この数倍良い暮らしというたとえは物質的なことである。庭が何エーカーもある持ち家に住んで、夫婦ともに高収入を得る仕事に就き、可愛い息子にも恵まれ、そのわりにいつも生活に不満があるとこぼしている。借り住まい、小さな会社経営に四苦八苦して、娘を一人で育てている自分に比べたら、物質面生活レベルはずっと上のほうにあるのに。

心の乏しい人間は、精神的やすらぎなり幸福感を物質で補おうとしている。もちろんそんなものはお金をどれだけ払っても買えるものではない。大切なのは日々の生活の中から心を幸福にしたり満足させてくれるものを感じる感覚を養うことである。通常、人生を容易く生きてきている人は困難を乗り越えてきている人に比べると、その感覚が無いに等しいのだと思う。簡単にいえば何にたいしても感謝の気持ちが足らないのである。

娘の一言で、前日になにかあったかな?とずっと考えみたら、一つだけ思いあたる事が浮かんできた。それは前の晩に観ていたテレビ番組であった。オーストラリアの番組の一つに、重い病気などで生活に困難をきたしている家族の家にお家リフォームチームが突然訪れて、その家族を旅行に出し、留守の間に家を素晴らしく改造してしまうというものであった。今回の話は2人の子供を持つ40代半ばの女性が脳腫瘍に侵され様々な治療を受けているという家族であった。旦那さんが彼女の看病そして家事、子育てに専念していた。涙なしでは観ていられず、そんな悲しい状況でも希望を捨てずに家族が一丸となり頑張る姿には心打たれるものがあった。娘は私の横で本を読んでいたから、まさかテレビを観ていたとは知らなかったのである。しかしあの一言がでたのはきっとこれであろう。

日本風、アメリカ&オーストラリア影響風を受けながら、がむしゃらに娘を育ててきているが、彼女がきっと小さな幸せに満足できる大人に成長することは間違いない。

これがまたわたしにとっては小さな幸福の一つなのである。

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