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2010年2月

小さくってほのかに温かい人間模様 in Sydney

異常な暑さと湿度がつづくなか、近所の建物の気温サイン‘40度’を見たらなおさら頭がくらついた。 まったく今年のオーストラリアの夏は暑い。 

今日は私をとりまく小さな人間模様のひとこまを紹介したい。

私はある地元の小さな会社に勤めている。 そこは若い20代前半の若い男性を何人か雇っているのだが、今日あることで上司とある一人の労働者の間でもめ事があった。 彼の怒りは頂点に達し、ボスには直接話したくないからと、仕事のあと、私に連絡をしてきた。 彼のいっていることも間違っていなかったから、

「それなら私からボスに話してなんとか解決するから」で話を終わらせた。

そして数分後、また同じ若者から電話があり、今度は「君を使うのはわるいが、もう会社は辞めるから、ボスに言っておいてくれ」というのだ。 そしてその後、英語でいうSwear Language(下品な言葉)を使ってボスへの怒りを私にぶつけてきたのである。

え、ちょっと待って何かおかしいでしょ、聞いているうちに私も怒りがこみ上げてきて、

「そんな言葉使いを私にしないで、言いたいことがあるなら直接ボスに言いなさい。 私を使わないで!」と怒鳴って電話を切ったのだ。

その後、ボスに、私が怒りの電話をした。そしてボスは「よし、わかった、話に行ってくる」と若者の家に向かった。 ここでの問題は2つある。 まずボスに直接話せない小心者の若者、そして私という、いちおうLady(レディ)にそんな言葉使いをしたという点であった。 元イギリス植民地、紳士の国では女性にそういった下品な言葉を使ったこと、まして仕事上では決して許されないことなのである。 特にボスは古風な人柄であるから、この若者の私への暴言は許されないものとなったのである。

数時間後、家の玄関を誰かがノックした。まさか?という思いはあったが、そのまさかであった。 その若者が「顔を見て直接誤りたい。」と我が家に謝りにきたのであった。 もう2度と口なんてきくものか、と怒っていた自分であったが、彼の顔をみたらきついことも言えずに。「OK, その謝罪うけとる」と言って仲直りした。

おかしいのは隣人が「変な若者がうろついているの見たけど大丈夫? 何かあったらすぐに行くからね」と電話してきてくれたのだ。

まったくの笑い話である。 きっと若者は家の前まで来たけれど、どうやってきりだそうかうろついていたのであろう。

若者はとても思いやりがあり真面目な労働者であった。 ただ10代後半で無茶な運転違犯をして免許を3年失効した。 オートメカニックになる夢も今は叶わず、一時我が社で仕事をしていたのである。 前回の仕事を首になった理由は元上司を殴っていると聞いていたが、ボスは若者の更生を願い雇ったのである。 残念ながら彼は解雇されることになった。 

「あなたにはPotential(可能性)が山ほどある、お願いだからそれを無駄にしないで、同じ間違いを決して犯さないでね。」と私が言ったら、彼は苦笑いをして去っていった。

一度ある線を越えたら消せない言葉や行動がある。 これで彼が成長してくれたらいいのだが。

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オーストラリアいじめ事情―異常な殺傷事件

16日、ブリスベンの私立高校にて13歳男子が12歳男子の胸を数箇所指した事件がおき、被害者は死にいたった。 前日、フェイスブックに“X君の思い出”となる欄を設置したことから犯行は計画的なものであったことがいえる。 刺した男子はいつもいじめられる側であったそうだ。 刺されて死亡した男子がそのいじめ側であったのか詳細は何も新聞に載っていないのでわからないが、もちろんなんらかのかかわりがあったのであろう。 その翌日、シドニーでは11歳男子がナイフで12歳男子に暴行、脅迫をおこない起訴された。 11歳ということは小学5,6年生である。 ナイフを持って学校に行くということ事態が異常である。

ここオーストラリアでのいじめは年々深刻になっている。 特に男子校内における生徒間の暴行、虐待はすさまじいものである。 子供同士でそれらをおもしろ半分で撮ったビデオが公になり、たまにニュースで放映されたりしている。 動物以下である、強い者が弱い者をいじめ、苦しめられているのに、それをみて喜び笑い、止める子供がいないのである。 ‘人の痛みがわかる人間’などの感覚はきっと無であろう。 

子供ばかりではない大人社会にもいじめはある。

去年の暮れにはメルボルンで若い女性が会社でいじめにあい自殺をしている。 

今回この事件で政府は学校の警備を厳しくする、金属探知機を置くなどの案を検討しているが、根本的な問題を見直していかないことにはまだまだこのような事件はつづくであろう。 現に殺されてはいないが、毎日学校ではなんらかのいじめが起き、それにより深く心を傷つけられている子供がたくさんいるのだから。

コンピューターやゲームで家に引きこもり、昔ほど外で遊ばなくなった子供たち。 学校、社会、親からのストレスをはきだす場はない。 これは精神面+健康上にひじょうに悪い。

また残虐なTV、映画、ゲームなどにより、その痛みの度合いがわからなくなっている子供の感覚。 親になる資格もないような親が子供を育て、家庭の愛情がゼロの環境に生きる子供。 ドラッグ、アルコール依存症の親を持つ子供の受ける虐待と精神面への影響。 原因は山ほどある。 まだ救われるのは銃規制があるからアメリカのような若者による銃乱射事件がおきていないことである。

若者の飲酒暴行事件、無免許による暴走飲酒交通事故死、フットボウラー(フットボウルの選手)によるドラッグ、レイプ事件、大人の児童性的虐待、人種差別による殺傷事件や暴動、数え切れない問題が積み重なるオーストラリア。 

あまりにも物質に恵まれ、人としての原点のコントロールを失う人間ばかりの世の中になっている。

一人一人がもっと命や心の重みを自覚していかなければ悪化するばかりである。 

このいじめ事件、同じような年頃の子供を持つ親としてはいたたまれない。

自分の娘には躾をしっかりして、一般常識を教え、深い愛情を与え、また“人の痛みのわかる”人間に育てることが、いち母親としての義務であろう。

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2月8日に発表されたオーストラリア移民政策の変更

オーストラリア移民の歴史をさっとさかのぼると、5万年前アボリジニ(先住民族)がマレイ列島やニューギニアから移動、ヨーロッパ人が1600年から1700年にかけて植民地化、1851年以降ゴールドラッシュ時代多くのイギリス、アイルランド人が流れ、そしてドイツ人、その他ヨーロッパ諸国や中国人とつづいた。1901年に政府は白豪主義を唱え人種を制限した後、1938年ドイツ・ユダヤ系逃亡者、大2次世界大戦前後は白豪主義にのっとり‘健康で45歳以下なら技術がなくてもOK’をもとにオランダ、イタリア系が移民した。 政府の希望受け入れ数より、あまりにも多くの移民希望者が増えつづけ、1970年から基本的な移民政策がかわり、より厳しい制限となっていった。

ここ数年は東南アジアから非難民が船で押し寄せてきており、非難キャンプはいつも満員の状態である。

国際結婚という形で永住権を取得した自分はこの移民制限とはかかわりなかったが、祖国を離れ、なんとしてもこの永住権を取得したい人々は非常に多い。 この永住権取得はポイント制になっていて、有利な専門職業がある。 今までは料理、美容、会計の勉強を大学で数年することによってポイントを稼いで永住権取得というパターンが多かった。 

ある知人は英語が少しでも簡単であるので、料理を勉強して永住権を取ったにもかかわらず、キッチンの仕事はきついからと就労もせず、その後、地元学生になり安い学費でまた違う勉強をしたり、それが終わると仕事にも就かず失業保険をもらいつづけていた。 同じ日本人として恥ずかしい思いがあった。

今回の政策変更は、それを重視したわけである。 人材不足の職種であるから永住権を与えたのに、その仕事をしてくれないのなら、そんな移民はいらない!ということ。

それなら数の足らない医療部門の医者、看護婦、また、エンジニアや西オーストラリアあたりの鉱山関係労働者として就労してくれる移民を希望する方向になったのである。

ここ数年感じていたのは、ものすごい数のアジア系学生が流れこんでいる。 郊外によっては、ここはほんとうにシドニー?と疑いたくなる地が多くある。 

外国人学生(留学生)は地元の学生に比べ数倍の学費を払わなければいけないこともあり、学校側にしてみれば大きな資金源となる。 しかし今、この永住権に向けて一生懸命会計を勉強している学生はどうなるのであろう。 実は韓国から来た知人がまさに今この立場であり、彼は祖国でも会計士であったから、きっとここでもその仕事に就くはずであったのだ。

移民政策制限の見直しも大切であるが、その過程で巨額な資金を得てきたという事実も見逃せない。たしかに法のもと、要領よく生きている人間は五万といる、しかし真面目にやっている弱者にも光を与えてもらいたいものである。

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mあなたはどれくらい物へのこだわりがありますか? 

紅茶は葉っぱでコーヒーは豆を挽いて飲む。 つまりティバッグを使った紅茶やインスタントコーヒーはできたら飲みたくない。 レモンティを飲むなら、濃縮レモン汁ではなく本当のレモンを、コーヒーにミルクを入れるなら、粉ではなく本当のミルク。 オレンジジュースは濃縮より採りたて(できたら)オレンジを絞って飲む。 トーストはマーガリンより本バター。 お料理をする際、ニンニク、生姜は瓶つめでなく生。 イタリアンなら乾燥パセリや乾燥バジルより生パセリと生バジルの葉。 お寿司を食べにいくなら、粉わさびを使う店より本わさびをつかう店へいく。 毎日の家での食事すら銀製ナイフ&フォークと綺麗なお皿を使って美しく彩る。 娘のお弁当は毎日手作り。

靴や鞄は革製品、スリーピングウエア(寝巻き)はシルク。 電化製品、車、文房具は日本製。アクセサリーを付けるなら天然石。

なんて言い出したらきりがないほど、いろんな物へのこだわりが増えてきた。 

ブランド嗜好でもなく決して贅沢をしたいというわけではないが、あまりにも世の中に便利品、偽物、安物、すぐ壊れる物が氾濫しているからである。

オフィスワークというオフィスに関するすべてのものを売っているチェーン店がある。 毎年子供の学校が始まる前に文房具を用意するが、セールで買った、ボールペン、蛍光ペン、ノリ、テープ、ホッチキスなどはすぐに壊れるか乾いてしまい使い物にならない。 

安くもないのにオーストラリア産の綿の下着、靴下はすぐにゴムが伸びたりして長持ちしない。 豪ブランド品のブラウスのボタンですらすぐに取れる。

物ばかりではない。 職人気質をもった労働者にもめったにここでは合わない。

火災報知機を設置しにきた電気配線の人は天井から屋根裏に入る小さな真っ白なドアに黒い指紋をいっぱい残し、それを拭いてきれいにすることもなく、さっさと帰っていった。

どこかのアパートでやはりそれらしき指紋のあとを見たから、我が家だけではなさそうだ。

古い木製窓枠の鍵が壊れて、直しにきてくれたハンディマン(工務人)は壊れた鍵や直したときに出た木屑も片付けずに帰っていった。 トイレがよく故障するが、プラマー(下水業者)の帰ったあとは必ずお掃除をしなければならない。

その上、この業者さんたち、こちらの都合の良い時間に来ることはなく、修理を頼むと、とても高い。 

悲しいかな、これがオーストラリアの現在の状況である。

少々お金を払っても本物が欲しい。 いやお金を払った分、しっかり後片付け、そして綺麗に仕事を終えて帰っていってもらいたいものだ。

アメリカに住んだときも同じような思いをした。 

現在の日本は昔のちゃんとした日本のままなのであろうか? そうあって欲しいな!

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