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2009年11月

観光客の知らないハーバー・ブリッジの楽しみ方いろいろ

シドニーといえばオペラ・ハウスそしてハーバー・ブリッジを連想しない人はいないであろう。 この橋の両サイド、ロックスやキリビリ(橋を渡った反対側)から見上げたり、少し離れてオペラハウス側から眺めたり、というのがきっと観光でここを訪れた人々の楽しみ方であろう。

シドニー・サイダーとしての楽しみ方を紹介してみたい。

車用6車線、電車、歩行者用1車線、自転車専用1車線、そして橋のアーチ上を歩いて水面から134mの最頂点に登れるブリッジ・クライム(大人$188、子ども$118)と5種類ある。 もっと贅沢に楽しみたい人にはヘリコプターや水上飛行機から眺めることも可能である。 

この橋、City側から車でノース・シドニー側に渡るのは無料であるが、City側に入るとき通行料を払う必要があり、現在は現金支払いが出来ず、すべてE-TAG(電子タグ)で払う。また車の数や時間帯により車線がかわるので要注意である。 つまり朝のラッシュ時はCity側に入る車線を増やし、夕方はCityから出る車線を増やすのである。 橋の真ん中あたりに掲示板があり、緑色のサインの車線は運転していいところである。 自転車と歩きは無料である。

わたしが好きなのは歩いて渡る法である。 City側から歩くと最初のPylon(塔門)に登れて小さな博物館がある(有料)。www.pylonlookout.com.au

橋の歴史やお土産店があり、最上階に展望台がありそこからの景色は素晴らしい。

そして真ん中あたりから眺めるオペラ・ハウスは真っ青なシドニー湾の横で美しく輝いてみえる。 

のんびり歩けば30分ほどで渡り、橋を降りるとキリビリに着く。 ここはちょっとお洒落な街並みで古い煉瓦造りや石造りのアパートや家々が並んでいる。 数軒であるがイタリアン、タイ、日本食などレストランもある。 ベーカリー、サンドイッチショップ、フィッシュ&チップス(魚のフライとポテトチップス)屋もあるので、それを買い込み、橋の下にひろがる芝生の公園でピクニックに興じたい。

夕焼けの美しい日を選び、Cityのビル郡と橋に火が灯される時間帯にシャンペーンとチーズ&クラッカー片手に夜景を満喫するのもお勧めだ。

大都市と自然がこんなに調和して共存している国は数少ないのではないのであろうか?

帰りは歩いてCityに戻りたくなければ、フェリー、そして電車を使えば10分以内でもどることができる。 観光地でもさらに深く追求すれば単なる観光客としてではなく地元の生活を体験できるのである。

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熱波による破壊的山火事宣言! Catastrophic fire warning!

先週、NSW州、ヴィクトリア州でヒート・ウエイブ(熱波)警報が宣言された。

ヒート・ウエイブとは過去30年ほどの平均最高温度に比べ、5度以上高い日が5日つづいて起こるときによばれる気象用語である。

今回はこの宣言に“Catastrophic”という言葉がつけられ、訳すと破壊的な、悲惨な、となる。 いかに凄まじいものになるか、という思いになった。

シドニーは17日火曜日に宣言され、その後、日中35,6度がつづき、日曜は自宅の中でさえ30度、庭では38、9度まであがった。 我が家はレンガ造りで1階の床は古い石のタイル、それプラス玄関を開けておくと、ちかくの川からひんやりとした風が流れ込み、夏はエアコンを使う必要もなく涼しい。 (古い家でエアコンなんて無いが)

が、昨日は扇風機をずっとずっとつけ、ドア、また太陽熱を遮るためブラインドを閉め一歩も外に出れなかった。 日差しの強さが痛く、またメマイのしそうな暑い空気が漂っていた。

地球温暖化の影響を受け、日本でも猛暑により熱中症にかかり生命の危機をおこす現象が起きているから、“熱波”は日本でもなじみの言葉であろう。

ここオーストラリアのヒート・ウエイブは熱中症の心配はともかく、山火事(ブッシュ・フィヤー)を引き起こす大きな要因となり、この宣言が出されるとブッシュ近辺の住人には緊張が漂うのだ。

ブッシュ・フィヤーは干ばつ、強風による空気の乾燥、熱波による気温上昇などの気候的要因、ユーカリの葉の成分による自然的要因、そして人災的な要因から起こる。

ユーカリの葉には発火性の油分が溜まり、それが干ばつ、乾燥、温度の高い時期に発火しやすくなる。 また落雷がこのヒート・ウエイブ時期に起これば山火事の大きな弾きがねとなる。そして人災とは病的、いたずら、心無い人による放火やタバコの投げ捨て、放置されたゴミ、ガスボトル、タイヤ、薪などが発火の原因となるのである。

山火事はブッシュ、森林付近に住んでいなければ心配ないというものでもない。ここシドニーにはユーカリの茂った国立公園がたくさんあり、前回の夏は近所のブッシュが燃えて、煙、灰などにより喉をやられたり、喘息の持病がある人は大変な思いをした。

昔、ブッシュの真横の家を借りていた時は2年つづけて裏山が燃え、貴重品だけ持って友達の家に非難したことがあった。 幸い災難にはならなかったが、何十人もの消防隊員が庭に押しかけるのを見るたび、ぜったいにこんなブッシュのそばの家には住まないぞ!っと心に強く思った。 

今年の夏は暑くなるようだ。 自然災害はともかく、せめて人災による被害が出ないことを願うばかりである。

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ビーフパイ&カプチーノ、ランチブレークはエメラルド色のビーチで楽しみましょう!

9,10,11月はオーストラリアNSW州の春にあたる。

この時期のSydneyは突然気温35度になりお日様がガンガン照りつけて焦げてしまうほど上昇するかと思えば、その翌日20度といきなり下がったりもする。 通常は20度前後、乾燥した空気が澄んでいるのだが、気温の上下の激しさから衣替えなんてとんでもない、さっさと夏物の服をしまえない油断ならない季節である。

金曜日は心地よくひんやりとした風が吹き、最高22度であり、前日はその35度の夏日であった。運良く時間があり仕事の途中に海岸によることにした。

観光地として有名なマンリービーチを横目にさらにCityに向かい走っていく、スピットと呼ばれる船が通るたびに橋があがる郊外を越え、Balmoral(バルモラル)ビーチにたどりつく。 ロケーションはタロンガ動物園の近くといえば雰囲気はわかっていただけるであろう。もしくはGoogleMapにて探してね。

小さなビーチであるが、真っ白な砂浜、エメラルドグリーン色に透き通った水、そして大きなFigTree(フィグツリー)がたくさん並んでいて木陰がいっぱいある。 

その上、少し入り江になっているので波も強くなく、この時期水温が20度とわりと高めで、ちょうど良い湯加減、いや海加減なのであった。

いくつか高級っぽいレストランが並んでいて、平日昼間からワイン片手にシーフードに興じているオージーで満員であった。 わたしはキオスクにいって、ビーフパイとカプチーノを注文した。

ビーフパイはオーストラリアの名物料理!である。

フットボール会場でビール片手にかぶりつくのはひき肉を濃いデミグラソースやケッチャップなどで味付けしてある。ちょっとお洒落なカフェなどでいただけるのは、バーガンディ(赤ワイン)味で煮込んで柔らかくなった肉の固まりがたくさん入っている。

ここで食べたのは、お洒落カフェタイプのパイであったから大満足であった。

真夏になるとShakespeare By The Seaといって、シェイクスピアの劇が催されたり、また小さなディンギータイプのヨットのレントがあり、ウォータースポーツも楽しめる。

またここは地元民しか足を運ばないのか観光客は少ないようだ。

大きな木の下に寝転がって波の音を聞いているだけでもいい、きつい仕事の合間に立ち寄ればまさに天国のようである。

Sydney暮らしの良さは素敵な海岸が幾つも近場にあるということだ。

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国際色豊かな赤ちゃんを産む法!

数日前のBBCにおもしろい記事が載っていた。

Babies ‘cry in mother’s tongue‘ 赤ちゃんは母親の言葉で泣く’

ドイツのある研究者によると、胎内にいるときから赤ちゃんは母親の言葉の発音、特徴を聞き始めているとあった。 したがって胎内で聞いた音や最初の言語にとても影響されるそうだ。フランスとドイツの母子60人に調査したところによると、産声、また生後3日くらいからの赤ちゃんの泣き方は母親のそれとちかいとあった。

以前から母親の出産前、妊娠3ヶ月間は、赤ちゃんは外界の音を覚えることが可能になり、また音楽と人間の声には特に敏感になるということは知られてきたが、これはさらに興味がわく内容である。

自分の体験から考えると、出産数週間前まで毎日フルタイムで仕事をしていた。 

当時、ロサンゼルスのダウンタウンまで毎朝車で40分ほど渋滞のなかフリーウエイを走り、社内では日本語、また取材、セールスなどに出かけるときはすべて英語であった。 

編集という仕事柄、移動、撮影、人と話す、会う、書く、その連続であったから、もしこの説が事実であるのなら、娘はわたしのお腹で、山ほど日本語、英語、また社会勉強を受けてきているのだ。

そのせいなのか、娘はなにもかもがはやかった。 4ヶ月で一言話し、8ヶ月くらいから立ちはじめ、また英語、日本語をちいさいうちからしっかりと理解して話していた。

今でも我が家の笑い話だが、アメリカから飛行機に乗って日本に向かう途中、彼女の口からだんだん英語が減っていき、成田につく頃にはほとんど日本語になっていた。 これは2歳くらいのときである。 彼女の心構えか、お母さんには日本語をお父さんには英語を、また日本では日本語をアメリカでは英語を、としっかり分けていたのである。 

また出産後、自分なりに思っていたのは、妊娠中に仕事に就き、多くのことをこなしている母親から生まれた子どものほうが、妊娠中家でのんびりしていた母親から生まれた子どもより、いろいろなことがはやいような気がした。 母親グループなどで知り合った人や友達の例と比べただけのことで科学的な根拠や統計をとったわけではないが、胎児の母親から受ける影響はとても大きいのだと思う。

*もちろん仕事から受けるストレスは多いので必ず良いことばかりはないが

妊娠中のつわりや辛さは人それぞれであるから、すべての妊婦さんに仕事に就けなり、外に出かけよう、などというわけにはいかないが、これを機にたくさんの音楽や語学に触れてみるのもいいかもしれない。とても国際色豊かな子どもが生まれるかもしれませんよ。 

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同国にいる近くの知人より遠い北半球の親友

私生活を通していろんなタイプの人にであうたびに、「へえ素晴らしい人だ」わたしもこんな人間にならねば、というのと。打算や人を利用することしか考えていないような身勝手で思いやりのない正反対の人がいる。

最近この身勝手な日本人がどうやらまわりに集まってきてしまい、自分の波長が下がっているのか、それとも困っている人をみるとほっておけない世話焼きという性格のためなのか?と疑問に思うことが多々ある。

この人を利用するというタイプにはほとほとまいってしまう。 

まず自分の困ったときや頼みごとのある時にしか電話をしてこない。 時間、こちらの都合も聞かずに、自分の用件をしゃべりまくる。 こちらが病気であろうが忙しかろうが、そんなことをあらかじめ尋ねるわけでもなく、ただただ自分のことを話しつづける。

最初は黙って聞いてあげたり、それなりにアドバイスを与えていたが、ある時あることに気がついた。 そういった人種は自分らの言い分を正当化し、ただ聞いてもらいストレスを発散したいだけであり、わたしの助言なんて聞く耳を持たない、ということだ。

その上、もしわたしに災難がふりかかろうとも知らん顔、人を助けるという心は微塵もないのである。

まあ異国の地で各々苦労があるから他人の世話までは関わりたくないという心理も理解できるが、それならお互い様、自分だけ助けてもらおうなんという甘い気持ちは捨てるべきである。

自分には親友と呼べる心底理解しあえ思いやれる女友達が日本、アメリカ、オーストラリアに1人づついる。 それと人生の恩師のような(英語で俗に言われるMentor)

ちょっと年の離れた女性が2人、日本にいる。

これらの女友達というのは自分の人生のうえで夫、恋人など異性のパートナーから得られないものを与えてくれる必要不可欠な存在である。 家族や姉妹や兄弟などとは違い、血のつながりはなくても濃い心の絆でつながっている。

電子メール、スカイプなど便利なものがあるおかげで遠く離れた北半球にいる彼女達と話すだけでどれだけ心が癒されるか。

数はいらないけど密度の濃い人間関係はとても大切なのである。

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いつまでたっても英語は難しい、が止められない中毒!

10年まえここSydneyにやってきた時、英語の違いにあまりにも大きなショックを受けた。 日本ではアメリカ流の英語を習い、その後アメリカに7年ほどいたから自分の英語はアメリカ流になっていたのだ。 これが同じ英語?と首をひねる毎日であった。

‘アメリカ訛りを話す変な日本人’日本人なのにどうしてアメリカ英語を使うの‘とひやかしや嫌味を言われることは多々あり、雇われた会社では早くわたしの英語をオーストラリア訛りに直すように注意された。 

自分にとってアメリカは人生の一部でありその言葉も体に沁みていた。 アメリカ人でもなく日本人なのに自分を否定されたような悲しい気持ち、そしてアメリカでの英語の苦労はいったい何だったのかという疑問がわきあがり、ぜったいにオージー訛りなんて話すものかっと頑なに思う自分がいた。

そんな月日もあっという間に流れ、今ではこのイギリス訛りのオージー英語にも慣れ愛着を感じるようになった。

一つの大きな助けは、イギリス俳優を使ったイギリス関連の映画が大好きになったのだ。 

当初は何を言っているのかまったく理解できなかったのだが、オージー英語に鍛えられたせいか英国式英語を理解し始め、またどこか魅力を感じ始めたのである。

100%英国英語なら'Four Weddings and a Funeral',‘Love Actually’, ‘Sense & Sensibility’,  ‘Breaking and Entering’。 

アメリカ英語と英国英語のまざった’The Holiday'’Music and Lyrics’は違いがわかりやすく、また内容も可笑しくて大いに楽しめる。

日本題名を知らないのでここでは英語のタイトルしか書けないが、ぜひぜひお勧めの映画である。

もう一つは英国出身の友達がまわりにいて、彼等たちと話していると、それが自然とうつってくるのである。 日本で関西弁の人と話していると、つい関西弁にちかづいてしまうような!!! ちょっと不思議な環境である。

日本語を母国語として、小さいころから生の英語発音を聞ける環境に育っていないから、まだまだ英語の苦労はあるが、毎回新しい言葉や言いまわしを見つけると嬉しくなる。

自分にとっての英語は一生の勉強であり、また一種の中毒のようなものなのだ。

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