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2009年10月

久しぶりの日本  2

今回の旅でさらに深く考えなければいけない課題が重く心にのしかかった。

というと大げさであるが、それは高齢化していく家族への想いであった。 

幸いなことに両親は元気で丈夫であり、いますぐにどうという心配はないがこんなに遠い南半球では‘すぐに戻るから’という約束もできない。 いくら自分の選んだ道とはいえ、親孝行ができずに心配ばかりかけてという思いはいつもいつも心のどこかに潜んでいるのである。

そんななか、若い頃お世話になったファミリードクターが入院したというのでお見舞いに行った。 80代半ばにして筋肉の重病を背負っているところへ肺炎となり入院されたのだが、肺炎が治っても退院はできない。 数週間床についていたので、動かすことが可能であった筋肉力が低下してしまい、入院前の電動椅子の生活に戻ることは難しい状態であった。

帰国の度に家にお邪魔して記念写真をいっしょに撮っていたから、娘も孫のように可愛がってもらっていた。

わたし達が日本に帰国してお見舞いに行くことを内緒にして、びっくりさせようと、病院に向かった。 

2年半ぶりであり、娘の成長が著しかったせいか、最初娘の顔を見たときはいったい誰?という驚きの表情であった。 あまりにもびっくりされたので、心臓発作を起こされたら困る!と思ったが、わたし達がわかると嬉しそうな顔をして迎えてくれた。

お別れのとき、ずっとずっとわたし達の手を握って離してくれなかった。 何かを一生懸命言いたげであったがもう言葉もはっきり話せない。 でも目をみているだけで何を言おうとしてるのかが伝わってきた。 

ただただ悲しくなり、「先生、リハビリ頑張ってください。」と言うのが精一杯であった。

娘も涙をぼろぼろ流していた。 次回帰国したときに会える保障はないことを彼女も知っているのである。

故郷を離れ遠くに住むという人生を選んだが、帰国のたびに考えさせられることが山となっていく。 それとともに娘に故郷の良さがわかる人間になってほしいと望むのである。

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久しぶりの日本

10月前半、娘の高校の春休みを利用して1年半ぶりに帰国した。

台風に一度襲われたものの、ほとんど秋晴れの青空に恵まれ快適な旅であった。 

日本で住んだことのない娘に少しでも日本の心、文化、社会、人間像を教えたいという気持ちと、自分も日本が恋しくなる。  また家族すべてが日本にいるから年に一度でも多くの時間を過ごしたいのがおおきな本音である。

帰るたびに面白不思議な日本、そしてオーストラリアとの違いが見えてくる。

娘の最初の感激はデパート地下の食材売り場、見事に美しく並んだケーキ、和洋菓子などのショーケースであり写真を撮りまくっていた。 そして美味しく豊富な食べ物。 いつでもどこでも飲み物が飲める自動販売機やコンビニの数。

きっと世界で一番食べ物が美味く、便利に手に入る国なのだと思う。 もちろん自分の舌や背景が日本人だからということもあるが、どこに行ってもとても美味。 値段もお値打ちである。 

Sydneyは物価が高い。レストランも高い。 量が多過ぎて美味しくなくて高い!!!

*ちゃんと探せば美味しいとこもあるのでこれがすべてではないが。

唯一良いことは、外国の本物の料理が食べれること。 移民が多い国だから国際色豊かなレストランが多く、本場物の味を提供してくれる。 中近東、中国、ベトナム、インド、タイなどなど、味をオーストラリア人用に変えず、各国独自の味で勝負しているのである。

次なる驚きはもちろん人の多さ(東京)、優れた電車のシステム。 時間通りの電車が来るのがまれな?シドニーだから、あれだけの本数をすべてオンタイムに運行している日本は本当にすごいのだ。

不思議だったのは、あれほどゴミ処理の問題があるのにいつまでたっても過剰な包装である。 

小さなビーズを買った時、まず小さな紙袋に入れ、それをまた中くらいのビニール袋に入れてくれた。 買い物の度にどんどん袋がたまっていく。 いくらリサイクル用紙などを使用したところでもゴミは増えつづけるのだ。

毎回帰ってだんだんたちが悪くなるな、と思うのは電車のマナー。 お年寄り用の席に若い高校生くらいの男の子が平気で座っている。 お年寄りが乗ってこようが知らん顔。 これが今の日本の当たり前なのだろうか? 一度おじいさんがドアの横に遠慮気味に立っていた、すぐに席を譲ったら、すごく嬉しそうな顔をして何度も何度も「ありがとう」って言ってくれた。 こんな当然なことすら忘れられてしまったのだろうか?

ちょっと悲しくなった。 こういう日本は娘には見せたくない。

温泉、ほんの少し紅葉、秋刀魚、お寿司、家族愛、古い友達との再会、去るのがつらい日本であった。

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